研究の醍醐味は未踏の荒野を探し当てること東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 教授 香取 秀俊
量子コンピューターの研究に向かって
聞き手:香取先生が現在,進められている光格子時計の研究・開発に着手するきっかけ,経緯についてお聞かせください。香取:もともと私は量子コンピューターには大変興味がありました。学生時代に物理学者のRichard P. Feynman博士による量子コンピューターの提案に関する記事の解説を読んだのがきっかけでした。博士の学位を取得後,1994年に独マックス・プランク量子光学研究所(Max-Planck-Institut für Quantenoptik : MPQ)の客員研究員となったころ,量子コンピューターに関する研究・開発が米国でまさに始まろうとしていました。「量子システムの計測と操作を可能にした実験手法の開発」を理由に2012年ノーベル物理学賞を受賞したDavid J. Wineland博士が単一イオンの制御技術を洗練し,それにインスパイアされたIgnacio Cirac博士,Peter Zoller博士らが捕獲イオンを使った量子コンピューターの実現可能性を議論したのが1995年です。この魅力的な提案は,世界中の研究者を瞬く間に虜にしました。
イオンを使った実験は歴史が長く,イオントラップはW. Paul博士が1953年に考案しています。その後,1980年台にH. Dehmelt博士がトラップされた単一イオンの状態の観測手法を確立し,単一イオンを使う超高精度な原子時計の可能性を議論しています。Dehmelt博士のポスドクとして研究を始めたWineland博士は,30年を経てDehmeltの夢の時計を実現しました。イオントラップの研究は世代をまたいで脈々と継承されてきました。
私が留学したMPQのボスは,当時のイオントラップ研究で,Wineland博士と双璧をなしていたH. Walther先生でした。イオントラップ研究の最前線に居合わせたことは,大きな収穫でしたが,帰国して自分の研究室をもつことを考えると,あまりにも確立された分野(フィールド)であるという印象を強く受けました。雑草さえ生えないくらいに整地され尽くされたフィールドになりつつありました。 <次ページへ続く>
香取 秀俊(かとり・ひでとし)
1964年東京都生まれ。1988年東京大学工学部物理工学科卒業。1991年東京大学工学部教務職員のち同助手,1994年東京大学大学院・論文博士(工学),独マックス・プランク量子光学研究所 客員研究員。1999年東京大学工学部 総合試験所助教授。2010年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授,科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業・ERATO香取創造時空プロジェクト研究総括。2011年理化学研究所 香取量子計測研究室 主任研究員(兼務)●研究分野:量子エレクトロニクス
●2005年European Time and Frequency Award,2006年日本IBM科学賞,2008年Rabi Award,2010年市村学術賞特別賞,2011年ジーボルト賞,2012年朝日賞,2013年東レ科学技術賞ほか。