複雑に見えても,別の角度から見ればすっきりと単純な形に見える東京工芸大学 名誉教授 川畑 州一
光学は古臭い感じのイメージだった
聞き手:光学分野に進まれたきっかけをお聞かせください。川畑:私は学習院大学理学部の物理学科出身です。大学に入ったころは漠然と物理の勉強がしたいということだけでした。光学については大学に入って初めて詳しく知ったのです。ただ,学習院大学の理学部は光学を大事にしていました。木下是雄先生という蒸着膜,薄膜が専門の先生がいらっしゃいまして,光学という授業を担当されていました。それまで光学というと幾何光学しか頭になく,古臭いという感じのイメージがありました。
ところがです。大学3年の時の学生実験で,偏光解析法がありました。学生実験は二人一組で行っていましたが,私は実験よりも理論,計算のほうが好きで,ペアの人が主にデータを出し,私は演習問題をやっていました。ある時,演習問題になかなか解けないものがあり,苦労してようやく解いたところ,もう一つ答えがあるということが分かりました。そのことを,当時木下研究室のドクターコースにいらっしゃった,山本正樹先生(東北大学名誉教授:故人)に話しました。山本先生が研究室のゼミで,実験報告会でこういうことを言ってきたのがいると話題に出したところ,夏休みにデータを取れば,秋にある応用物理学会で発表できるのではないかということになり,私にも声がかかり山本先生と一緒に計算結果が実験的にも正しいかどうかを調べることになりました。そうして,応用物理学会で無事発表することができたのです。一連の経緯もあり,4年生になり研究室を選ぶという時には,必然的にその続きを,ということになりました。
研究室に入ってからは,偏光解析法を使って蒸着初期のプロセスを観察していました。入った当初は中身をよく理解していたわけではないのですが,膜形成にはさまざまな理論があります。その理論と実際を比較するためには,初期の蒸着量を知る必要がありました。私は光学的な手法を用いる偏光解析法で計測していましたが,ほかにもマイクロバランスというのを使い,重さをじかに測ったり,電子顕微鏡で写真を撮影してサイズを観察したりするグループがありました。
テーマや方向,目的は一緒なのですが,アプローチの手法はいろいろありました。ただ,4年生の時はそういうことがよく分かっていませんでした。それが修士やドクターまで行くと,ああ,そういうことだったのかと後で分かる感じでした。
やり続けていれば見えてきて面白くなる
聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。川畑:何でもそうですが,やり続けていればそれなりに見えてきて面白くなる部分もありますし,逆にやらされている部分もありますから,うまくいかない時にはなぜこんなつまらないことをやっているのだろうとか思ってしまいます。
ただ,そういう時には自然とそこから気持ちが遠のきますので,逆にそれが気分転換になったような気がします。だから嫌なことを嫌々ながらやり続けると,これはその人の性格によるのかもしれないですが,ますます嫌になることが多いですから,ある程度間を置いてまた違う観点で見ることが重要だと思います。それと,次に進むためには成功体験も必要です。そのこと自体にどれぐらいの価値があるかは別問題として,本人がうまくいったという体験があると,もうちょっとやってみようかと思いますから。あとは,悪い時にはあまりあくせくせずに息抜きというか,気分転換をうまくすることでしょうか。
私の時は,研究室の雰囲気が非常によく,いい意味で遊びなのか研究なのか分からないようなところがありました。ドクターコースまで進んだのには,あの雰囲気があったからかなという気がします。
大学3年までは座学が多いので授業も出たり出なかったりで,サボって遊んでいるほうが楽しかったです。私の時代から比べると,最近の学生さんは,ある程度目的がはっきりしているというか,逆にはっきりし過ぎて,大学に来たらもう単位を取って卒業するだけになっているような気がします。あまり大学生活を楽しむというか,そういう部分が少ないような気がします。変にサラリーマン的な感じといいますか,授業が終わったらさっさと帰ってしまうような。
勉強して単位を取るためだけではなくて,もっと学校での生活や時間を楽しんでほしいですね。例えば研究室の先輩たちと話をするのでもいい。勉強の話ばかりでなく,普通の話だっていい。あと,同じ学部の他学科,例えば理学部ならば化学科とか数学科の人たちと時たま話をすることでも,それが知らず知らずのうちに勉強になったりもします。
私も図書館に行き,本を開いて何かを勉強するのではなく,研究室やいろんな場所での雑談の中から,さまざまな専門用語や研究の取り組み方について耳から覚える部分が多かったですし,そういう環境が私にとっては良かったと思っています。
学部生の時は,ある意味では敷かれたレールの上を走っているみたいなところがありました。その時には自分自身ではレールを意識できないのですが,後から考えるとちゃんとレールがある。ああ,あれはそういう話だったのかとかと後で感心したりしていました。 <次ページへ続く>
川畑 州一(かわばた・しゅういち)
1948年 宮崎県生まれ 1973年 学習院大学理学部物理学科卒業 1978年 学習院大学大学院自然科学研究科 物理学専攻,博士課程満期退学 1978年 学習院大学理学部物理学科助手 1980年 理学博士(学習院大学) 1980年 東京工芸大学工学部講師 1988年 同 助教授 2002年 同 教授 2014年 東京工芸大学工学部 定年退職 2014年 東京工芸大学名誉教授 現在に至る●研究分野
偏光及び偏光計測,エリプソメトリー(偏光解析法)と蒸着薄膜計測への応用
物理教育全般
●主な活動
2010年~2014年 偏光計測研究会代表
1999年~2012年 私立大学情報教育協会 物理学情報教育研究委員会委員