OplusE 2010年11月号(第372号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
レーザー光源の新しい潮流と実用化の胎動
- ■レーザー発明 50 年 ― その成熟と新たな胎動 ―
- 慶應義塾大学 神成 文彦
- ■高ピーク,高平均出力パルス動作 Yb ファイバーレーザーの進展
- 大阪大学 吉田 英次
- ■手のひらサイズ超短パルス固体レーザーの開発
- 富士フイルム 山添 昇吾,加藤 雅紀,笠松 直史,足立 貴志
- ■RGB をカバーする超広帯域波長可変フッ化物ファイバーレーザー
- セントラル硝子 久保田 能徳,岡本 英之,春日 健
- ■ベクトルビームの発生と光ファイバー増幅
- 東北大学 佐藤 俊一
- ■位相共役光学を用いた高品位高平均出力ピコ秒バナデートレーザー
- 千葉大学 尾松 孝茂
- ■高速波長走査型レーザーとその光コヒーレンストモグラフィー計測応用
- Santec 鄭 昌鎬
- ■車搭載エンジン点火用マイクロレーザー
- 分子科学研究所 常包 正樹,平等 拓範,日本自動車部品総合研究所 猪原 孝之,金原 賢治
- ■レーザー走査型ディスプレイ
- Microvision, Inc. 新澤 滋
連載
- ■【一枚の写真】レーザーで動く“紙ロボ”
- 慶応義塾大学 安 謙太郎,Angela Liu,小泉 直也,杉本 麻樹,稲見 昌彦
- ■【私の発言】CD-R事業での最大の山場は,“CDと完全互換”という開発の方向付けと市場の創出でした。
- 名古屋工業大学 浜田 恵美子
- ■【第9・光の鉛筆】28 指揮装置1 ダマレスクとビッカース時計
- ニコン 鶴田 匡夫
- ■【波動光学の風景】第64回 66. キルヒホッフの回折理論
- 東芝 本宮 佳典
- ■【コンピュータイメージフロンティア VFX 映画時評】
- Dr.SPIDER
- ■【入試問題に学ぶ光のあれこれ】第20回 ニュートリノの発見とチェレンコフ光
- 日本大学 柴田 宣
コラム
- ■【ホビーハウス】スケルトンボディの単眼鏡とオペラグラス
- 映像技術史研究家 鏡 惟史
- ■【非凡なる凡人 私のなかの松下幸之助】針と光
- 神尾 健三
■掲示板
■O plus E News
■New Products
■オフサイド
■次号予告
レーザー発明 50 年 ― その成熟と新たな胎動 ―慶應義塾大学 神成 文彦
1960年5月16日,米国Malibuに所在するヒューズ研究所の研究者であったTheodore H. Maiman がルビーレーザーの発振に成功してから今年で50年を迎えた。レーザーのその後の研究開発の推移はあらためて紹介するまでもなく,われわれの日常生活においても,光通信,レーザーで微細加工されたCPUおよびDRAMメモリー,DVDやBlu-rayの記録・再生,自動車等の溶接加工,レーザーディスプレイ等々,むしろ目に見えないところで活躍する必要不可欠な技術となっている。この50年の間に,レーザー媒質としては気体,固体,液体と,可能性のある材料がほとんど研究し尽くされ,使いやすさと効率の点から信頼性の高い製品としてレーザーが入手できる時代になった。国内のレーザー加工機市場が500億円規模に達したのは1980年代後半のことであり,今日ではすでに約1,500億円の市場になっている。科学の分野でも,もはや自らレーザー装置を構築して研究することは極めて稀であり,化学,物理,生命科学等の分野における研究者がユーザーとしてレーザーを高度に利用している。まさに,レーザー装置産業は成熟した技術体系を作り上げた感が高い。わが国のレーザー技術の発達には,レーザー加工関連の研究開発の大型国家プロジェクトが果たしてきた役割が少なくない。過去に,20kW出力の炭酸ガス(CO2)レーザー開発と生産システムへの応用を掲げた「超高性能レーザー応用複合生産システムの研究開発」(1977 ~1984,総額約137億円),高出力エキシマレーザー開発を目的にした「超先端加工システムの研究開発」(1986 ~ 1994,総額約161億円),半導体レーザー励起固体レーザーとその応用を目的とした「フォトン計測・加工技術の研究開発」(1997 ~ 2001,総額約72億円)の3つのプロジェクトが実施されている。ここから分かるように,1977年以降,炭酸ガスレーザー,エキシマレーザー,そして全固体レーザーといったレーザー装置のメインプレーヤーの推移に応じた研究開発が国家プロジェクトとして行われ,この分野の研究開発に欠かせない人材育成に多大な貢献が行われたのである。炭酸ガスレーザーは,現在でもレーザー加工機としては最も大きな市場を有している。日本のレーザーメーカーが半導体リソグラフィー用のステッパー光源として世界シェアに食い込んでいるのも,この国家プロジェクト時代の基盤技術および人材育成があったからにほかならない。
一方,3番目のプロジェクトであった半導体レーザー励起固体レーザーに関して,必ずしもその成果が産業として実を結んでいないのは多くの関係者が認めるところであろう。要因の一つに,タイミングの悪さがあったのも確かである。半導体レーザー励起固体レーザー製品に必要なレーザー結晶,光学コーティング,そして半導体レーザー自身に開発費を投入できる企業,さらにはレーザー製品そのものを立ち上げられるようなベンチャーが,ちょうど2000年前半の不況のためにまったく育たず,またそれらの最先端レーザーを長期的視点で導入できるユーザーとしての企業もほとんどなく,プロジェクトの成果を継承できる体力が産業界にほとんど残っていなかったのである。2010年現在,多くのレーザー加工の現場,レーザー科学の研究者が製品として使っているレーザー装置の大部分は半導体レーザー励起固体レーザーであり,さらには,バルクの固体レーザーからファイバーレーザーへと大きな変革が急速に進んでいる。しかし,これらのほとんどは残念ながらドイツを中心とした外国製品である。
ちょうど今月,横浜みなとみらいにおいて「InterOpto2010」が開催された。一方,ドイツにおいてもレーザー関連の国際展示会が定期的に開催されているが,その規模たるや比較の対象にならない。炭酸ガスレーザー,エキシマレーザー開発においてはむしろ優勢であった日本のレーザー産業界であるが,2000年以降,ドイツを中心としたレーザー開発プロジェクトの成果に完全に水を開けられてしまったのが現状である。また,ロシアの軍事研究に携わってきた大量のレーザー研究者が参入し,短期間に世界を席巻するファイバーレーザーメーカーを作り上げてしまったのも,この10年間である。今や日本のレーザー加工の現場でも,T社,I社のレーザー装置が標準のように導入されている。すなわち,日本においては2001年に終了したプロジェクト後,レーザー装置開発は国からまさに“仕分け”対象であるかのような対応を受け,一方でドイツでは,半導体レーザー励起固体レーザーに関して,高出力・高ビーム品質なディスクレーザーや超短パルス化等への研究開発助成が現在もなお継続的に行われている。ドイツのファイバーレーザーに関連した公的支援は今がそのピークであり,2011年に終了となる助成案件の積算では7,300万ユーロ(約83億円)に達している。これらのレーザー装置開発プロジェクトの成果を産業に展開するために,フラウンホーファー研究所のレーザー応用研究が果たしている役割も見逃せない。残念ながら,日本にはレーザーの産業応用技術開発を集約できるような研究機関は存在しない。
さて,ここまでは泣き言である。水を開けられてしまったわが国のファイバーレーザーをはじめとしたレーザー産業を挽回するために,どう立ち向かうかである。現状は厳しく,CW単一モードファイバーレーザーの出力はすでに2kWに達し,フェムト秒レーザーも平均出力がkWに手が届こうとしている。ここに一から対抗するのは容易ではないが,幸いにも日本の光ファイバーメーカーの実力は高く,面発光半導体レーザーのような新しい励起用半導体レーザー開発の要素技術力を擁しているメーカーも複数存在する。むしろ,レーザー加工において必要とされる高繰り返し,高ビーム品質なパルスファイバーレーザー,その波長変換,そして新しい加工応用プラットホームの構築は,CWファイバーレーザーを開発してきたドイツにおいても今まさにチャレンジしている課題であり,ここに,人材と研究費をタイムリーに集中することができれば復活の兆しは見えてこよう。あるいは,やがて来るであろうオール半導体レーザーの時代に向けて,あえてファイバーレーザーを迂回してパワー半導体レーザーに全精力を傾けるシナリオもあろう。個人的には後者だと思うのであるが……。だが最近,ファイバーレーザーを核にした開発プロジェクトが,規模こそ小さいがスタートしたのは朗報といえよう。
こういった次のレーザー50年に向けた新しい光源技術とその応用の胎動を国内の研究から選抜したのが本特集である。ファイバレーザーに関しては,パルス動作の課題と開発の方向性に焦点を当てた。今回は特集には組み込めなかったが,,多数のファイバレーザーをコヒーレントに重畳する技術も高出力化に不可欠である。この2つの技術が鍵であり,ファイバー,半導体レーザー,ミラーといった光学コンポーネントを日本製で揃えられる体力が次に問われる。
一方,大出力レーザー装置においては水を開けられていても,わが国のレーザー要素技術自体は独創性とレベルの高さを継続・維持してきており,レーザー生誕50年の今も,次々と新規なアイデアが生まれている。最近の話題として,手のひらサイズのレーザープロジェクターへの応用,超小型フェムト秒レーザー,可視域をカバーできるファイバーレーザー等の光源技術に加え,今後新しい応用に発展する可能性のある,奇妙な偏光特性を持つ光渦,位相共役鏡など,これらにおいても新しいレーザー技術の潮流の胎動を感じとっていただければ幸いである。