セミナーレポート
生体視覚神経系に学んだロボットビジョン開発大阪工業大学 情報科学部 奥野 弘嗣
本記事は、国際画像機器展2019にて開催された特別招待講演を記事化したものになります。
>> OplusE 2020年1・2月号(第471号)記事掲載 <<
視覚神経系に学んだシステム作りのモチベーション
私の研究室では,視覚神経系に学んだシステム作りをテーマに2つの目的をもって研究開発を進めています。1つは,神経の優れた機能を模擬した工学的な応用です。具体的には,ロボットビジョンの開発であり,色恒常性やロボットの自律制御などに取り組んでいます。もう1つは,生体の視覚情報処理の理解です。生理学で提案されたモデルが自然環境でどのように反応するのかを検証することにより,そのモデルの自然環境における機能を明らかにしようとしています。なぜ,網膜・視覚野に学ぶのかというと,これらがコンピューターよりも圧倒的に効率よく視覚情報を処理できるからです。ミツバチなど飛行する昆虫の視覚情報の処理に必要なエネルギーは10 μWオーダーで,腕時計程度です。GPUを使って同様の画像処理を行うと消費電力は100 Wオーダーとなり,1000万倍の違いがあります。また哺乳類は,両眼の視差から奥行を推定していますが,これをロボットにやらせるとなると,たいへんな画像処理になります。
汎用的なデジタルシステムは半導体で構成されており,今日の半導体は数GHzのオーダーで動きます。この構成要素は,生体では神経細胞に対応し,その動作周波数は数100 Hzのオーダーとなります。しかし生物は,効率的なアルゴリズムとアーキテクチャーを駆使して,デジタルシステムよりも高速に視覚情報を認識できます。デジタルシステムでは逐次的な繰り返し演算を行うため,画像処理は莫大な計算量になり,多くのエネルギーを必要とします。一方,神経システムは,多数の神経による並列処理が行える効率的なアーキテクチャーをもち,最小限の視覚特徴の抽出とその特徴を利用した機能が実現できる効率的なアルゴリズムをもっています。
このような神経を応用した技術には2つの分野があります。1つは,ニューラルネットワーク・人工知能です。これは,形式ニューロンを用いたネットワークであり,その構造は生体の神経系とは無関係で,機能(識別)を実現できれば良いというトップダウン的なアプローチです。2つめは,ニューロモーフィック工学です。神経の回路構造を模擬したもので,神経の情報処理の既存アーキテクチャーに対する優位性を実現するのが目的で,個々の神経の演算を組み上げていくボトムアップ的なアプローチです。
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大阪工業大学 情報科学部 奥野 弘嗣
2001年 大阪大学工学部を卒業。2003年 同大学大学院工学研究科を修了。関西電力株式会社にて工事設計等に従事した後,2005年 大阪大学大学院工学研究科電気電子情報工学専攻,博士後期課程に入学。2008年 同課程を修了。同年より大阪大学大学院工学研究科,助教として,視覚神経系に学んだ視覚情報処理システムの開発等に従事。2016年より大阪工業大学情報科学部,特任講師として,2018年より同学部,講師として,引き続き同分野の研究を進めている。2013年 日本神経回路学会優秀研究賞受賞。2019年 日本ロボット学会賞受賞。