何をしたら自分が活かせるかということを常に考え,行動することが大切東京大学 高増 潔
精密測定を「ものづくりを支える知的ナノ計測学」と定義
聞き手:理工学分野に興味をもたれたきっかけについて教えていただけますでしょうか。高増:父が電気系の仕事をしていたこともあり,子どもの頃から理系の分野は好きでした。私の数少ない自慢として,私は(東京都)千代田区五番町生まれで,千代田区育ちということがあり,よく父に連れられて都電に乗って秋葉原の電気街に行っていました。
小学校は,歴史的に有名な区立の番町小学校で,サイエンス系の特別なグループがあり,そこに入っていました。また,中学は麹町中学校です。私の少し前までは,番町,麹町,日比谷,東大というのがコースになっていましたが,都立が学校群になり,好きなところに行けなくなったこともあり,高校は教育大附属駒場高校に進みました。受験で有名な高校ですが,理科系の教育に熱心で,バイオ関係には特に熱心な先生がいて,当時DNAの実験などもしていました。ですから,私の同期でもバイオ関係の研究者になったり,ジャーナリズムでもバイオ関係を専門にしている人が結構いたりします。私としては,バイオ関係はみんなが一生懸命やるので,逆に機械系や物理系に興味をもっていました。
大学は,現実的なものに近いところにしたくて機械系を選びました。その中でも精密機械を選んだのは,繊細で精密なイメージに魅かれたからです。研究室は若い先生がいいと思い,助教授をしていた大園先生の計測の研究室に入りました。大園先生は機械的な計測が専門で,3次元測定機などメカ的な計測を中心に研究していました。
研究室は精密測定の伝統があるところで,所属している精密機械工学科は,戦前は造兵という兵器を作る学科で,化学や生物,材料など非常に広い分野を学ぶ伝統がありました。もともとは,ものづくりで計測や制御などを中心にやっていましたが,現在はロボットをはじめ,福祉工学や生体工学,AIなど,何でも新しいことに取り組んでいます。
私の頃は学生の数は少なくて,学科で40人くらい,修士の定員は20人弱しかいませんでした。ですから,博士に行く人はまれで,私の研究室でドクターまで進んだのは私が最初でした。今でも覚えていますが,博士の卒業式に行ったら,うちの学科ではほかに2人しかいなくて,それもお互いに初対面でした。1人は上の学年で名前は知っていましたが,もう1人は他大学から来た人でした。
私自身は,精密測定を「ものづくりを支える知的ナノ計測学」と定義してきました。精密測定というのは,歴史的には長さや形,位置などを機械的に測定することですが,単に精密測定というとニュートリノを測るみたいな話が出てきます。そうではなくて,あくまでも現在のものづくりのために使うことが前提になります。それに,新しいことをやるとなると,補正をしたり,効率化したり,高速化したりといった工夫が必要で,それを「知的」と言っています。精密工学会の中に知的ナノ計測の専門委員会を作り,そこでいろいろな計測関係の人を集め,新しい研究や議論などをしていました。
日米欧3学会の連携と,アジアを束ねた学会活動を推進
香港の国際会議での講演
聞き手:高増先生は精密工学会の会長をしていらっしゃいますが,そこでの活動を教えていただけますか。
高増:機械系の学会のなかで一番大きいのは機械学会ですが,工作機械と計測に関しては精密工学会のほうが世界的にも重要な意味をもっていると思っています。
精密関係の学会は,世界的には日本の精密工学会が最初にできました。アメリカは機械の学会は長い伝統がありますが, 精密工学Precision Engineeringは日本が先を行っています。日本では,ものをつくっていくときに,日本的なエンジニアリングと学問のつながりを大切にしてきました。日本の工学部という存在そのものがそういうところがあるわけで,日本では伝統がありました。後に,アメリカで米国精密工学会(ASPE),ヨーロッパで欧州精密工学会(euspen)ができましたが,設立にあたっては,日本の精密工学会がいろいろサポートをしてきました。今では,世界の主な精密工学の組織である日本とアメリカとヨーロッパとで互いに連帯していて,3学会共同で英語の学会誌『Precision Engineering』を発行しています。こうした取り組みは日本の学会では少なく,ほかの学会で英語の論文集を出そうとしても誰も書いてくれないし,読んでくれない。しかし,精密工学会では運営もうまくいっています。
最近では, 韓国精密工学会(KSPE)や台湾精密工学会(TSPE)もできましたので,そういったところを束ねて,学会の集合体としてアジアにおける精密工学会(ASPEN)を創り活動をしています。アジアといっても,日本,韓国,中国,台湾,香港,シンガポール,オーストラリアですが,これもうまくいっていて2019年は日本の松江で私が委員長として国際会議(ASPEN2019)を開催しました。各国から大勢の人が参加して,若い人もたくさん参加してくれました。アジアの地域というのは,世界最大の市場であり,ものづくりの拠点です。将来的には世界最大のものづくりの研究の拠点にもなりますので,若い人たちが国際的に結びつくということはすごく意義があると思っています。
初日の夜には,日本側の若い先生方に企画をしてもらって,ヤングリサーチャーズナイトというのを行いました。何人かにショートプレゼンテーションをしてもらい,投票をして賞品を出すものです。日本の若い先生は昔に比べ国際性がある先生が多くて,すごくうまくいきました。今後もいろいろな国でそういった催しをやろうと思っています。若い人が非常にアクティブで,背景には中国を中心とする巨大な市場も控えているので,スピーカーとして来てもらったヨーロッパの人も驚いていました。国際会議は2年おきに開催しており,今年はシンガポールでやるつもりだったのですが,残念ながらコロナのこともあって来年に延期をしました。
ASPEN2019 の集合写真
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高増 潔(たかます・きよし)
1982年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻 博士課程修了(工学博士) 1982年 東京大学工学部精密機械工学科 助手 1985年 東京電機大学工学部精密機械工学科 講師 1987年 東京電機大学工学部精密機械工学科 助教授 1990~1991年 英国ウォーリック大学 客員研究員 1993年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻 助教授 2001年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻 教授 2020年 東京大学 定年退職 2020年 東京大学名誉教授●研究分野
精密測定,三次元計測,光計測,ナノメートル計測
●主な活動・受賞歴等
2004年 精密工学会高城賞 2007年 精密工学会論文賞 2007年 ISO/TC213国内委員会委員長(~現在) 2008年 精密工学会論文賞 2009年 精密工学会論文賞 2012年 精密工学会沼田記念論文賞 2013年 精密工学会フェロー 2016年 工業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 2019年 精密工学会論文賞 2019年 精密工学会賞 2020年 精密工学会 会長(~現在)
2020年 精密測定技術振興財団 常務理事(~現在)2020年 東京精密 社外取締役(~現在)