日本原子力研究開発機構の研究グループは,放射線の原子サイズ(約1 nm)における複雑な動きをあらゆる物質中で予測し,放射線影響を原理から予測できる飛跡構造解析コード「ITSART」(Ion Track Structure model for Arbitrary Radiation and Targets)を開発したと発表した。
放射線が引き起こすDNA損傷や半導体デバイスの誤作動等の影響は,いずれも放射線が原子にエネルギーを与えることがきっかけで生じる。しかし,これまで,実験や計算で放射線の飛跡を調べられる精度の限界はマイクロメートル規模だったため,原子サイズの現象のメカニズム解明には解像度が足りなかった。マイクロメートル規模では,放射線は物質中を真っすぐ進むように見える。しかし,DNAや半導体デバイスのサイズであるナノメートル規模では,放射線は散乱を受けて複雑に動き,しかもその特性は物質ごとに異なる。とはいえ,あらゆる物質での散乱を網羅的に測定することは現実的でなく,普遍的に予測できる計算コードもなかったため,マイクロメートルからナノメートルへの限界を突破し,放射線影響を原理から解明できる計算コードの開発が求められてきた。
本研究では,物質ごとに不規則な放射線散乱の特性を予測するため,放射線を散乱している実体が物質中の電子であることに注目した。電子自体の性質は物質の種類に依らないとみなせば,電子が放射線を散乱する確率の計算は,物質の特性に左右されない。こうして,不規則に見える放射線の複雑な動きを,あらゆる物質で規則的に予測できる飛跡構造解析コード「ITSART」を開発した。「ITSART」は従来の1000倍の解像度で放射線の動きを追跡できる。さらに飛跡構造解析によって,代表的な放射線である電子線によって生じるDNA損傷を定量的に再現し,コードの性能も実証した。