第4回 ニューヨーク・わんわん物語 ―MOH・A.I.R.プログラム―
散歩の友
1985年,3度目のA.I.R.に応募した。ありがたいことに,この年も選抜をパスした。この年は,ポージーが1か月部屋を留守にすると言うので,私はソーホーの中心にある彼女のロフトに泊まることになった。ただし,彼女の犬のブーツ(初めてMOHに行ったときに見た,あのドーベルマンに似た真っ黒のわんこの名前。実は全身が黒ではなく4本の足首だけがブーツをはいたように白いので,この名前がついたらしい)の面倒を見ることが条件だった。ロフトからMOHまでは歩いて15~20分ほどだった。毎朝少し遠回りして20~30分かけて散歩をしてからブーツとラボに通った。ブーツは見かけはカッコよいが,実はいつも食べものを探して道路に鼻を擦り付けて歩く食いしん坊だった。ブーツを連れて歩くとニューヨークの別の風景が見えてきた。大男が道をすれ違う時,さりげなくよけて歩いている。いつも通るビルの中からは働いているおじさんが人懐こく声をかけてくる。犬と歩くだけで旅行者から住人に大変身だ。ブーツの面倒は,昼はミュージアムのスタッフが見てくれる。皆が帰った閉館後は,私が暗室で作業している間,教えてもいないのに私の机の下でおとなしくじっと座って待っている。夜遅くなってもブーツと一緒ならニューヨークだって怖くない。夕食を済ませベッドで寝ようとすると,ぴょんと上に乗ってきた。これはまずい!
何も聞いてはいなかったが,犬と一緒のベッドはごめんだ。「ノー」と叱ると,ブーツは床におりた。キングサイズのベッドのすみに私は潜り眠りについた。ふと目が覚めると,いつの間にかブーツがベッドのど真ん中で寝ているではないか!
居候は私の方だから仕方ないかとまた眠りに落ちた。犬を飼ったことのない私なので,何事もブーツがリードした。1人と1匹の珍共同生活が1か月続いた。滞在も終わる頃,ポージーが戻ってきた。そして,ブーツの振る舞いを見て,私に一言「スポイルしたね」。やはり居候と見抜かれていた。私が知らないのをいいことに,ブーツはやりたい放題のわがままをしていたようだ。なんて利口な奴!
図3は,そのときの作品である。スリーカラーのレインボータイプである。被写体は拡散版を背景にシルエットを撮影した。4枚の異なるイメージバリエーションを制作した。私のMOHのA.I.R.はこれが最後だった。数年後,ポージーに会った時,「ブーツはどうしている?」と聞いたら,一瞬曇った表情を見せ,ミュージアムから外に飛び立した瞬間,車と衝突して即死だったと言った。きっと室内で主人の仕事が終わるのを待っていて,さて帰れると喜び勇んで外に飛び出したのだろう。従順でとても賢いブーツのことは,ニューヨークでの忘れられない,楽しくも切ない思い出なのである。
図3 Sequential Blank スリーカラー・レインボーシャドーグラム(1985年)