第7回 アンダーグランドアート―Retretti Art Center・Finland―
Point of View
アートセンターの空間はラビリンスのように複雑だ。ホログラムは天井から直接下げるのだが,花崗岩の硬さはコンクリ-トの比ではなく,フォークリフトに乗って天井にアンカーを打ち込む作業は,まるで土木工事さながらの様子だ。もちろん私は下から指示を出すだけであったが・・・。ホログラムのインスタレーション(図3(a)(b))のほか,光のオブジェを制作した。薄いアラミドペーパーで造られた直径1 mの長い円筒の中に,明るさがゆっくり変化する多数の電球を入れ発光させて,岩盤のトンネルの中を縫うように置いた。流れる光の川をイメージしたインスタレーションである(図4)。3Dの音とマルチスピーカーによる,移動する音の演出も行った。実世界から採取した音源を加工し,水や風が地下空間を通り抜け自然を連想させる音作りを試みた。
夏の3か月間開催される「Point of View」と題されたこの展覧会は,地元のほか,イギリス,フランス,アメリカ,カナダなどからアーティストが参加し,それぞれの「部屋」にあわせたインスタレーションを制作展示した。観念的な作品からキネティク,ライトアートまでかなりラディカルな作品群が並んだ。アートセンターの主要な施設は地下だが,地上部分も森に溶け込むようにひそやかにたたずむ平屋の展示室がある。この年の企画展はピカソの大回顧展が開かれていた。展示準備は順調に終わり,5月の半ば,オープニングの1週間前にはチームのメンバーは皆日本に帰国し,私はモントリオールの展覧会に参加のためカナダに渡った。すでに日本から輸送済みの作品を設営し,とんぼ返りでオープニングを控えたプンカハリューに戻った。大西洋間の移動は日本から行くよりも時差が少なく身体にはかなり優しい。
都会から遠く離れた田舎の村のオープニングイベントに,はたして何人の人が来てくれるだろうかと私は要らぬ心配をしていた。ところが,いざ当日になると,驚いたことに,地下スペースはどこから人がわいてきたかと目を疑うばかりの大勢の人々でギャラリーもレストランもカフェも一杯になった。私も忙しく作品の前で人々の接待をしていたが,ふと視線を感じた方を振り向くと,そこには南国スペインの旧知のホロ仲間2人が立っているではないか。そう言えば,オープニングの招待状をセンターから送ってくれるよう,ヨーロッパに住む知人たちの住所を教えたことを思い出した。しかし,まさかこんな辺鄙なところまで来てくれるなんて想像もしなかったので,本当に驚きうれしかった。話を聞くと,届いた招待状は誰から送られてきたがよくわからなかったが,中にSetsukoの名前をみつけ,ホロ作品が展示されるのだろうと軽く考え,フットワークの軽い彼らはキャンピングカーで大陸を縦断し出かけてきたという。ところが,目的地のプンカハリューにたどり着いたまでは良かったが,森と湖の景色ばかりでそれらしい建物は全然見当たらない。はるばる来たもののとんでもない間違いをしてしまったかと後悔がよぎったとき,アートセンターの建物を発見,地下に降りてみると,ひしめく大勢の人々でにぎわう光景が飛び込んできて,予想もしない別世界が広がっていて呆然となったという。作品の前で人々に囲まれる私を見つけ,いつ声をかけようかと迷っていたらしい。視線とは不思議なもので,大勢の中でも気づくものだ。その晩は広い私のコテージに2人は泊まり楽しい時間を過ごした。オープニングにいた人たちのほとんどはヘルシンキからの招待者で,大手スポンサーのFinnair は飛行機に招待客を乗せ,バスも数台やってきて,彼らは泊まることなく,その晩皆ヘルシンキに帰っていった。
フィンランド滞在は不思議体験の連続であった。
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