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第21回 ベントン先生のこと

ロブスターからカリブの海へ


 私がMITのCAVS(Center for Advanced Visual Studies)のFellowとしてケンブリッジに滞在していた時(1981~82),ベントン先生はまだポラロイドの研究所に在職中で,その研究所の建物は道路を挟んでMITと隣り合わせにあった。この滞在中,私はニューヨークで制作したばかりのホログラムが全部そっくり盗まれるというショッキングな事件にあってしまった(第4回,OplusE,Vol. 40,No. 5(2018))。事件を知って私のあまりの落胆ぶりにベントン先生は同情して,私のためにホログラムを制作するように実験室を開放してくれたのだった。助手として,彼のもとで働いていたビル・マルティーニ(NY出身のホログラフィーアーティスト,1970年代後半にすでにインテグラルホログラムを制作していた)をつけてくれた。そのころ,ポラロイド社は独自に開発したフォトポリマーのホログラムの事業化を始めていたときである。私はオブジェを作るだけ,あとは全部彼らが制作してくれた。なんと贅沢な話であろう。この時の作品は透過型ではなくて,銀塩のカラーコントロールされた2色の反射型ホログラム(4×5in)であった。また,この年の夏に開催されたレイクフォーレストカレッジの,第1回のディスプレイホログラフィーの国際シンポジウム(ISDH)の情報を教えてくれたのも彼であった。以後,3年ごとに開催されるこのシンポジウムには毎回皆勤で出席し現在に至っている。1985年のニューヨークのMOH(Museum of Holography)での個展(第9回,OplusE,Vol. 41,No. 3(2019))のときはオープニングパーティーにボストンから駆けつけてくれた。海外のカンファレンスでは同席する機会も数多く,キエフの国際ユネスコセミナー(第8回,OplusE,Vol. 41, No. 2(2019))もそのひとつだ。会議の最終日のさよならパーティーでは,晩餐後にディスコサウンドが流れだした。すると,いち早く踊り出したのがベントン先生で,その弾けた様子はまた新しい一面を知ることになった。
 私は仕事で東海岸に出かけるときは,よくボストンにも立ち寄った。ある夏,仕事を離れてレジャーで,ちょうど日本からの知人も交えて,ベントン先生と一緒にスキューバダイビングをして海に潜ったことがあった。私はライセンスを取ったばかりで,伊豆の海しか知らなかったので,ボストンの海は興味津々だった。ダイビングへの興味は海の中の太陽の光のきらめきや浮遊感を自分の目で確かめ体験したかったからである。
 驚いたことに,ホログラフィーのアーティストの大半(7割くらいか)がダイビング経験者で,彼らの興味は私と同じように水と光と浮遊感だと口をそろえて言った。ホログラムのイメージと何か相通じるものがあるのだろう。ベントン先生はカリフォルニア出身で,父上がプロのダイバーという環境で子供のころから海に潜っていたと聞いていたので,いつか機会があればと願っていたのだが,その機会が訪れたのだ。
 真夏の昼時,船で少し沖に出てからのダイビングである。恐る恐る数メートル下の海底へ。伊豆の海とは大違いだった。色がない,キラキラの光もなく,暗くて,泳ぐ魚も見当たらない。情景を把握するのに少し時間を要した。目が慣れ注意深く海底を観察すると,岩や海藻の影に青色のロブスターがジッとたたずんでいるではないか! 海になじんだ青色の保護色で目立たない。よく見渡すと,ここにも,あそこにもロブスターだらけ! ロブスターしかいない。そうだ,ボストンはロブスターが有名だったことを思い出した(笑)。ロブスターの漁は地元住人だけ許されている。私たちはロブスターを見つけてはベントン先生のかごにそっと入れて,何食わぬ顔で船に上がった。大漁であった。州の法律で,一定サイズ以下は放流を義務づけられている。その日は郊外にあるベントン先生の海辺の別荘で,ご近所も交えてロブスター料理の夕食会となった。見たこともないような3Lサイズの大鍋にロブスターを入れると,みるみる青から見慣れた鮮やかな赤にかわった。贅沢にロブスター三昧を堪能した。
 ボストンの海は暗くロブスターだけがたくさん海底に潜んでいる様子にびっくりしたと話したら,知り合いにカリブ海に別荘を持っている人がいて,空いているのでいつでも泊まっていいよという話が舞い込んできた。これまた絶好の機会だと,私は飛行機代を奮発してさっそく実行に移した。アメリカ領バージン諸島,セントトーマス島。底抜けに明るい海中はキラキラ輝く光に満ち,サンゴのあいだを魚たちが遊んでいた。海中展望塔のある水族館はこれまた圧巻であった。海中の円形の室内から外の海を360度観察できるのだが,水中の建物の周りには好奇心旺盛な魚たちがたくさん集まってきて,中にいる私たち人間を観察している様子が実に愉快であった。瓢箪から駒ならぬロブスターからカリビアンシーであった。

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