第26回 イギリスへ再び―レイクフォーレストから羽ばたく―
移設例1
移設の理由はさまざまである。最初の例は,1983年に,日比谷の蚕糸会館の1階テナントのショールームに設置されていた「擬空間」(180 cm×180 cm×230 cm)(図7)。DCG ホログラムを組み込んだ立体の大型オブジェで,1997年にテナントの引っ越しでショールームが閉鎖となり,この大型の作品は美ヶ原高原美術館に寄贈されることとなった。この時は,大型作品の輸送に慣れている美術館にすべてまかせたので,移設は速やかに進んだ。
移設例2
次は,大型透過型のインスタレーション「アクエウスのつぶやき」である(図8 (a))。3枚のガラスにラミネートされた大型ホログラム(215 cm×110 cm)はステンレスのベースで自立し,後ろ側に置かれた水中の鏡に反射された光で,画像が再生されるという構図である。アクエウスはギリシャ神話のゼウスの別名で,水の神でもある。水滴が落下すると波紋がホログラム画面に現れ,ぶつぶつとつぶやくイメージを重ね合わせたことがタイトルの由来である。オリジナルのアイディアは,本連載第7回(2019年1・2月号)のフィンランドでの展覧会で展示されたが,この立体作品は1995年に建築空間への常設仕様として仕上げたものである。最初の設置場所は,企業の研究所であったため,一般には非公開の閉鎖空間であった。オープンスペースで,より多くの人の目に触れるほうが望ましいのではないかとのコンセプトで,東工大に寄贈されることになったのである(2003年)。ところが,本来,移設することを前提には製作されておらず,ガラスとベースは一体に加工されていて分解できない。自立させたままの輸送と設置はなかなか大変な作業となった。百年記念館1Fの展示風景は,手前味噌であるが評判も悪くなかった。こんなエピソードをスタッフから聞いたことがある。ここはオープンスペースで誰にでも解放されている。ある時,いつも同じ時間に老婦人が作品の前に座って,しばらく眺めて時間を過ごしては帰っていくことに気づいた。たまたま声をかける機会があって話をしたら,「大岡山駅ビルの上の東急病院に通っていて,帰りにはいつもここに立ち寄って,作品を眺めている。ゆったりとした水の波紋を眺めていると心が落ち着くから」と話されたそうだ。アーティスト冥利に尽きた。ただし,水のメンテナンスには,大学のスタッフには大変な苦労をかけたようだ。
ところで,この作品については,講演発表後にさらに後日談がある。実は,昨年(2021年),百年記念館から東工大本館の玄関ホールに3度目の引っ越しがなされたのである(図8(b))。大学側の事情であるが,残念なことに,水のインスタレーションとして機能しなくなってしまったのである。やはり水の管理というメンテナンスが問題のようだ。題名の由来の通り,水は不可欠要素の作品であるが,すでに作者の手を離れてしまった今となっては,如何ともし難い。せめて年に数回,特別の日だけでも水の演出をしてもらえないか,現在交渉中である。 <次ページへ続く>