【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

第30回 国際ディスプレイホログラフィーシンポジウム・ISDHは世界をめぐる

遠足


 お楽しみのエクスカーションはボストンダックツアー,水陸両用車によるボストン湾遊覧であった。カンファレンス会場までわれわれを迎えに現れたボストンダック(図12)。住んでいたころはあまり縁のなかった観光客気分を大いに楽しんだ。
 充実した滞在を終えての帰路,例のスーツケース事件が起こったのである(本誌2022年9・10月号掲載)。閉会の時,深圳でのISDHのproceedingが3年遅れで皆に手渡された。それはハードカバー,全頁カラー印刷の分厚く立派な装丁であったため,非常に重いお土産となった。予想外の荷物の増加で,ぎゅうぎゅうに詰めこんだスーツケースに鍵をかけたのが失敗の始まりであった。古いスーツケースはTSAのカギでなかったことをうっかり忘れていた。羽田に着いたとき,かぎが壊され中身がはみ出してガムテープでぐるぐる巻きとなって届いたのだ。サイズのわりにかなり重い鞄を怪しいとみなされアメリカ保安局に抜き打ち検査された結果であった。

白夜のサンクトペテルブルグ


 3年後の2015年はサンクトペテルブルクで開催となった。6月のサンクトペテルブルクは1年で一番魅力的な季節と聞いていた。世界遺産の街並みとエルミタージュ美術館,魅力あふれるこの地は個人の旅行では少々行きづらいが機会があればぜひ訪れたいと長年思っていたので,シンポジウムは絶好の機会だった。同様の考えからであろうか,いつにもましてヨーロッパやアメリカからも多くの参加者が出席した。会場は川の対岸にエルミタージュ宮殿を眺めることができる美しい街並みの一角であった(図13)。講演の合間をぬって,海外からの参加者たちは観光にも忙しく走り回っていた。美術館は無論だが,台湾から参加の知人はマリンスキーの夜のバレエ観賞に出かけたという。当日券などはまったく入手不可能だ。うらやましく思いたずねたところ,数か月前からロシアの知人に依頼していたとのことであった。なまけ癖のある筆者は何事も準備が大切とあらためて反省した次第だ。
 サンクトペテルブルグには市街に多くの運河が張り巡らされ,数多くの橋がかかっている。実はその多くが跳ね橋構造をしている。運河は船舶がバルト海に出る重要な通路であるが,橋は昼間は通常の街の道路として機能を保ち,真夜中の一時から一斉に跳ね上がり大型船が航行していくのである。真夜中の一大観光イベントはこの情景を見学することであった。筆者も眠い目をこすりながら知人の誘いに乗って見学に出かけた。橋は美しく光の装飾が施され,ゆっくりと跳ね上がるさまは実に幻想的なシーンである(図14)。川岸には多くの観光客があふれ真夜中とは思えないにぎわいを見せていた。われわれを乗せたタクシードライバーは絶好のビューポイントに連れて行ってくれた。橋がいったん上がると道路としての機能は元の位置に戻るまで停止となる。見学場所を誤ると,橋がもとに戻る明け方まで宿に戻れず街で夜を明かす羽目になる。われわれは無事ホテルに戻り,翌日(当日?)の講演に備えることができた。美しい街のこれらの愉快な観光の思い出も,今しばらく外国からの訪問客には実現が難しい状況を考える時,ウクライナ戦争に心が痛む。

建築空間への応用


 この数か月前ISDHの生みの親であるTJが世を去り,大学退職後も続けていたホロ関連の会社をご長男のアレックスが継ぎ,このカンファレンスに出席して父のTJについて講演した。
 筆者はHolography as an Architectural Decorationと題して,これまでの建築空間への応用例について発表した。最初の例は1985年のつくば科学博の三井パビリオンの階段吹き抜けに設置したホログラフィーシャンデリアをイメージしたオブジェである(図15)。集合住宅の玄関入口の壁面装飾が図16である。図17は地下のセミナールームの壁面に直径140 cmの窓をしつらえ,その奥に直径160 cmの銀塩反射型ホログラムをはめ込んだ。木の枝のシルエットは奥行きが20~30 cmの深度があり,地下の部屋に空間が広がるように工夫した。このホログラムは屋上から光学ファイバーを通してガイドされた太陽光で画像が再生される仕組みである。日がかげると像は再生されない。地下に居ながらにして外の天候が分かる。無論,夜間用に人工のスポットライトも備え付けている。公共空間の例が図18である。多目的な建物は自由に人々が訪れ,時刻や天候,季節の移り変わりに連れて変化するホログラムとダイクロイックミラーによる光の演出を楽しんでもらえたら制作者冥利である。図19と図20は建物のエントランスのオブジェタイプと壁面タイプの例である。 <次ページへ続く>

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