「理学」が「工学」に大きな進展をもたらし,それが新たな「理学」の世界を生み出す。(後編)東京大学 名誉教授 清水 忠雄
「ライブラリアンの悪夢」
聞き手:前回は,先生の研究生活を中心にお伺いしました。先生は東京大学附属図書館の館長もおやりになられたそうですが,附属図書館の館長のお仕事というのはどのようなものなのですか?清水:東京大学は中央に総合図書館と名づけられた大きな建物を持っているほかに,全学の学部・学科・研究所に散在した中小規模の40に近い図書館・図書室をもっています。これらすべてを総称して附属図書館といっているのですが,この全体の円滑な運営や相互利用の便に責任をもっているわけです。当時は電算化,一般市民への図書館の公開,資料のコピーサービス,高額な図書資料購入の役割分担などの問題があったと記憶しています。学外では国立大学図書館協議会の会長館として,文献複写や著作権など大学図書館が共有する問題の解決のための協議をしていました。
聞き手:東京大学の附属図書館長というのは,そのようなお仕事があるのですか。
清水:その中で一番大きな問題は図書館の電算化でした。当時は,総合図書館にもコンピューター端末が数台並べられるようになり,そこに学生が群がっていました。
そのような状況のときに,図書館の広報紙に「ライブラリアンの悪夢」という文章を執筆したことがあります。「将来のライブラリーは,がらんとした部屋に,ずらっとコンピューター端末が並べられていて,コトコトとキーをたたく音だけが聞こえるという風景になるかもしれない。これは,暗い書庫の埃と匂いがたまらなく好きだというライブラリアンにとっては耐え難いことかもしれない」という趣旨だったかと思います。
この文章を書いたのは,1990年ごろです。幸い,現在も図書館に本は並んではいますが(笑),少なくとも学術雑誌の検索に関しては「悪夢」の状況を飛び越し,研究室や自宅の端末で操作できるようになり,人々は図書館に来ることもなくなってしまいました。進歩というのは非常に早いものだと感じます。
聞き手:最近もアップル社からiPadが発売されて話題になりましたが,「ライブラリアンの悪夢」どころか,将来的には図書館がただのデータセンターになり,本は1つの地下巨大倉庫に保管されるといった「出版業界の悪夢」の時代が来るかもしれません(笑)。
清水:われわれが図書館で仕事をしていたころは,古い文献を電算化する「遡及入力」に,驚くほどの手間と費用がかかることが大問題でした。各大学でその作業をどう分担するかなど議論していました。現在は,主だった学術雑誌は出版元が電子化していますので,例えば,過去の論文が読みたいときには図書館に行かないで,出版元のサーバーにアクセスすれば,すぐに必要な論文がダウンロードできます。このOnline Journalというシステムは実にすばらしいものだと思います。
居ながらにして必要な論文のfull textが読めるし,引用している文献も,そこをクリックするだけでさっと画面に表示されます。
聞き手:先生が図書館長だったころの電算化システムというのはどのようなものだったのですか?
清水:当時の電算化の課題というのは,どうやって文献のコピーを必要な人に早く届けるかということでした。そのため,OPAC(Online Public Access Catalog)と呼ばれる検索システムが開発されつつありました。例えば「こういう文献が欲しい」というときに,このOPACを使って検索すると,その文献を所蔵している図書館の一覧が出てきます。そこで,一番近い図書館にアクセスして読みたい文献のコピーを郵送してもらうわけです。複写と郵送に関しては料金の問題が発生しますから,これらの処理方法を含めて国立大学図書館協議会などで話し合ってシステム化したわけです。現在でも,国立情報学研究所がこの事業を引き継いで,NACSIS-CAT(総合目録・所在情報データベース),NACSIS-ILL(図書館間相互貸借サービス)という名称で運営されているかと思います。