研究を登山にたとえたならば,山の裏側には別のもっと楽なルートがあるかもしれません。東北大学 名誉教授 山本 正樹
日本のエリプソメトリーの創成期
聞き手:2002年8月号の「私の発言」では,軟X線の研究を中心にお話をお伺いしましたが,山本先生はエリプソメトリー(偏光解析法)に関する研究でも日本における第一人者ということで,今回は偏光の研究を中心にお話をお伺いできればと思います。では,まず最初に日本のエリプソメトリーの創成期といいますか,先生が学習院大学で研究を始めたころのエリプソメトリーというのはどのようなものだったのでしょうか?
山本:そのころの話ができる人がもうだんだんいなくなってきました(笑)。私が研究を始めたのは1970年ですから,もう40年近く前になります。私が学習院大学の理学部にいたころは,木下是雄先生が主に薄膜を研究なさっていました。当時はまだ,薄膜の真空蒸着技術というのはそんなに発達していなくて,薄膜成長の初期過程などの背景となっている物理がよく分かっていないという時代でした。
薄膜研究を行う上での計測はというと,光の波長よりも小さいようなナノメートルオーダーやそれ以下の厚さを測るものとなります。薄膜の成長初期過程では,膜は大変薄い島状になっており,たとえるなら,冷たいガラスに霜がついて水滴に発達していくような成長をします。しかしながら,その当時はそのような非常に薄い領域を研究するためのツールがなかなかありませんでした。その中で一番使えたのが偏光による測定だったのです。
この技術は“エリプソメトリー”と言いまして,歴史としては古い技術で,1860年代にポール・ドルーデという物理学者が始めました。エリプソメトリーというのは,物質の表面で光が反射するときの偏光状態の変化を観測し,そこから物質に関する情報を求める方法です。
具体的には,基板上で成長している薄膜部分に光を偏光入射させます。そうすると,反射する光の偏光状態がごくわずかですが精密に変わるのです。それを正確に測定することで,薄膜の厚さや光学的な性質を調べるのです。
エリプソメトリーは光を使いますから,光学的な技術背景を持っています。しかしながら,当時はエリプソメトリーに関しての技術的なディスカッションをする場というのがありませんでした。エリプソメトリーに関する研究はわれわれの他に,静岡大学や東京大学,東海大学でも行われていました。また,薄膜以外にもエリプソメトリーは使えましたから,他にも研究グループがいくつかありました。そのような背景から,偏光計測を主とした研究会を立ち上げようという気運が高まったのです。その当時のメンバーは20~30人ぐらいだったでしょうか。それで,このメンバーで研究会を立ち上げたのです。当時,エリプソメーターの市販品はありましたが,非常に高価でした。そのころの大学は,研究資金も厳しい状態でしたから,自作の装置というのが結構多かったのです。そのため研究者が集まり,持ち回りでトピックスなり,研究紹介をしてフリーディスカッションをしていたのです。
聞き手:それはいつごろの話ですか?
山本:最初の会が1970年代の初めだったと思います。この研究会は数年間続きました。自分にとってこの会は非常に刺激になりました。
その後も,東海大学の横田英嗣先生がまだお元気だったころに,そういう会をもう一度復活させようという試みをされたのですが,この研究会は 2年くらいで立ち消えになってしまいました。一通りメンバーのところをぐるりと回ったところで,その後はそれぞれの分野で,例えば半導体は半導体のセッションで研究を発表するということになり,相互の交流がなくなってしまいました。エリプソメトリーの国際会議は4年に一度ありましたが,国内ではエリプソメトリーに関する組織だった研究会は,それ以後ずっとありませんでした。
それで,定年になる前に,こういう研究会を国内でもう一度やったらきっと役に立つし,若い人たちへの刺激になるだろうということで,3年前にいろいろな方に声を掛けて「偏光計測研究会」という研究会を立ち上げたのです。このときは30人近く集まって,第1回の研究会はここ仙台で開きました。
この研究会は皆さんも面白かったらしくて(笑),その後「継続しましょう」ということで,持ち回りで現在も続いています。偏光というと,今はものすごく応用範囲が広がっているのですが,それぞれの専門分野が違うとお互いに顔も見たことがないという状況なのです。
現在,この会では「偏光」をキーワードとして研究会を何回かやっており,毎回40~50人程度の参加があるような組織になってきています。また,この偏光計測研究会は,応用物理学会の下にある光学会の中のオフィシャルな研究組織として認められることになりましたので,ますます活動の範囲が広がると思い ます。