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窒化ガリウムを選んだのはやけくそでしたカリフォルニア大学 サンタバーバラ校 中村 修二

会社のルール無視

 two-flow MOCVD装置ができるまでの1年半は,会社に来ても誰とも口を利きませんでした。会議もあったのですが,無視して出ませんでしたし,業者から電話がかかってきても,一切出ませんでした。
 それから,会社は論文も特許も禁止だったのですが,GaNを始めるときは,論文を出そうと決めていました。やけくそで,もうクビは覚悟ですから,会社のルールは全部無視しようと決めたのです。それで,論文も特許も,若いのをつかまえてこっそり出していました。今からすると,その特許が会社を守っているのですが。
 論文がばれたのは,1992年の終わりくらいだと思いますが,GaNで初めて暗いやつが光って,それを論文にしたときです。ダブルヘテロ構造ではなくホモ接合の簡単なやつですが,GaNでは世界最初でした。
 大手の家電メーカーから大阪支社に電話があって,日亜さんはすごい青色LEDを作りましたね,と。それで大阪支社から本社の僕のところに電話がかかってきました。中村,なにかうちですごい青色ができたとか言っているが知らんか,と。そんなの知りませんよ,と逃げました(笑)。当時,会社には半導体の分かる者がいませんでしたから,それで通用したのです。
 ところが,1週間したら別の大手家電メーカーからまた電話があって,論文を見たら中村という名前が書いてある,と。お前,今度なにか論文出して青色LEDを発表しとるな,ハイすいません,というわけです。
 それで会社は怒りましてね。「論文発表を禁止する」なんて命令書が来るわけです。でも2,3か月したらまたこっそり出してましたが。
 それから,GaNを始めたばかりでまだ成果が何もない頃,よく上の人たちが見に来ていました。大手家電メーカーのお客さんがみえて,トップが装置を見せい,と。その人が,GaAsのHEMT(高電子移動度トランジスター)をやったら儲かるという話をもってきたのです。できたらすぐ買う,とか言って。そうしたらトップから,すぐにそれをせい,と命令が来ました。それまでだったら,ハイハイと従ったのですが,今度はそれも無視です。命令書をもらっては破ってほうり投げるということを繰り返していました。
 そんな調子ですから,上とはずっと仲が悪かったですよ。そりゃそうですよね。
 だから,僕の部下はみんな,僕がいつか会社をやめるだろうと思っていましたよ。
 去年の10月に出力5mWのレーザーの製品化を発表しました。DVDの書込み用になると,もっと高出力のものが要りますが,それも開発は終わっています。まだ発表はしていないのですが,それもそのうち製品化するでしょう。
 そうすると,もう研究開発としてはやることがないんです。光関係のものしかやらない会社ですから。会社のほうはこれから伸びるからいいんですけど,私のほうはもう面白くない。
 そういうこともあって,10月には会社を辞める決心をしました。実は1年くらい前から,アメリカのある大学からお誘いを受けていたのですが,ずーっと行かないと言っていました。ところが,うちは娘が3人いるのですが,去年の夏ごろから,娘3人がアメリカに行きたいと言い出しました。それで家内もどっちでもいいと言い出したところへ,高出力の開発も終わったものですから,いよいよ辞めると決心したわけです。
 そうしたらアメリカの10大学と企業5社くらいからお誘いがありました。日本からは何もありませんでしたけど。アメリカは収入が桁違いにいいんですね。企業からはプロ野球のイチロー選手くらいの額で来ました。でも企業だと日亜化学の競争相手になりますから,いろいろ面倒なことが起こりそうなのであきらめました。
 大学は,収入は少ないですが,向こうの大学は非常に自由があります。
 辞表届けを出したのが12月27日の午後3時です。「今から帰ります。明日から来ませんのでよろしく」と言って。それまでは一切何も言わずにマル秘で進めました。何か言われたら面倒ですからね。
 そしたら,次の日だったか,その次の日だったかに年末の全員集会があるのですが,その集会であいさつしてくれと言われました。それで会社へ行ったのが最後ですかね。そのとき,社長と専務にあいさつに行ったんです。大学で勉強したいので,と言ったら,いいんじゃないか,と言われました。それ以上なにもないですよ。特許はいっぱい出してますから会社は安泰です。他人の方法を無視してやったのが幸いして,独自のやり方ですから,特許が取れたのです。LEDもレーザーも特許はほぼ独占ですから。

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