弱小メーカーのとるべき戦略を考え抜く幸運に恵まれました。(後編)モレキュラー・インプリンツ・インク 溝上裕夫
アメリカのビジネス手法
聞き手:実際に外資系企業に入られて,アメリカ流のビジネスを目の当たりにされたと思いますが,それはどのようなものだったのですか?溝上:ケーエルエー・テンコールへ行ってからの仕事は大変でした。日本企業とは仕事の仕方も違いますし,英語が苦手な人間がアメリカ企業の傘下でやるのは大変なハンディがありましたから,ものすごく働きました。ゴルフが好きで,日曜日はゴルフをしたかったのですが(笑),土・日にはやり残しているものが溜まっていてゴルフはできなくなりました。もともと腕は結構良くて(笑),沖電気のころには,例えばニコン主催のゴルフ大会で一眼レフカメラをもらったりしていました。
いろいろと苦労はあったものの,ケーエルエー・テンコールではアメリカ人のビジネススタイルや,ものの見方・考え方などをずいぶん勉強しました。視点を変えて日本を見ることにより,日本の半導体産業の問題点が非常によく見えるようになりました。そして,アメリカと深く付き合うと,今度は逆にアメリカのいやらしさというか欠点が,また非常によく見えてきました(笑)。
アメリカのビジネス手法や技術開発の手法,バイタリティーというものには今でも本当に心酔していますが,一方で,アメリカを知れば知るほど,逆に日本流の良さというものも見えてきます。ですから,実際に経験して思うのは,日本流とアメリカ流の両方のビジネスの優れた部分を身に付けることができた企業が世界に冠たる一流企業になると思います。個人についても同じです。
聞き手:なるほど,確かにそうかもしれません。
溝上:日本のお客さんを攻めていく方法もずいぶんと学びました。アメリカ的なやり方の特徴というのは,何をするに当たってもまずよく考えて戦略を立てることです。彼らは戦略がないと一歩も前へ進めません。日本人は,前へ進みながら戦略を考えたりしますが,アメリカ人は進む前に考えないと一歩も歩き出せません。
どういうことかというと,例えば今日,客筋の人と会って食事をするとしましょう。日本ではこれはビジネス行為の一環ですから,そのまま食事に行ってもよろしいとなります。
ところがKLAでは簡単ではありません。まず「何のために食事をするのか」という目的を明確にします。例えば,「今日は何の件についてどのレベルまでを期待し,どのレベルまでを確実にする」ということが必要です。「予算を申請された」とか,「予算が確定した」とか,あるいは「発注する」「発注した」「発注は当分できない」などの段階があって,そのどれを確認し,どこまでを進めるのかという「本日の計画」を明確にします。目的・目標と達成レベルがはっきりして(原則文書化して)なければお客さんと食事をしてはいけないのです。
達成レベル(目標)についてもさらに厳密に決めておきます。「ここまで行けたらいい」(Want),「必ずこれは達成する」(Must)という目標を明確にします。
そして,次に話の進め方(ストーリー)を描きます。大げさに言うと,ケースによっては戦略・作戦を練る作業になりますが,ここでは触れないでおきましょう。複数で行く場合には,皆で以上を共有化し,発言の役割分担までも決めておきます。食事をするのも大変です(笑)。100%は実行できませんがKLAではここまでやるわけです。
アメリカのビジネス手法に共通したところは,普通の能力の人であっても優秀な人とそこそこ張り合えるような手法を考え,各個人と組織の能力を高めることです。
聞き手:アメリカ生まれの学問分野で「経営工学(Industrial Engineering)」がありますが,それもまさにそうですね。