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世界の耳目が日本に集まっているこの時期に,日本は何を発信できるのか(株)グローバルプラン 岡村 治男

日本が尊敬を取り戻す機会

岡村:あの技術はすごいと思います。そこにまた,当時は通信バブルというものがあって,投資家が多重化された光の1波を,まるで1株のように買いに来たといいます。それが実需要以上の増産を引き起こしてしまいました。そしてやがてバブルが崩壊する。すごい技術だけど,技術屋が一生懸命やってきた技術を,それ以外の人たちが食いものにするような世界でもあったわけです。
 そういうことを考えると,今の市場経済中心の世の中が本当に人類にとって良いものなのか疑問を持ってしまいます。国際標準の議論も,結局は「プラネットアース」をどうしていくのか,というところにまで広げて考えたい,そういう視点で技術開発の方向付けをしながら進められればいいと思います。特にITUは国連の機関ですからね。これからどういうネットワークを,どこに,何のために広げて行くのかというところを大事にしたいのですが,日本ではあまり深い議論は少ないようですね。
 今,日本は東日本大震災を経験して,被災者の方は本当にお気の毒なのですが,これを,せめて何が大事なのかを問い直す貴重な機会ととらえたいと思っています。話は飛躍しますが,日露戦争で日本が勝利した時,世界からとても尊敬され,期待され,アジアの人々が日本を誇りに思ってくれました。今このタイミングは,ひょっとしたらあのときに匹敵するぐらい,日本が尊敬を取り戻すチャンスかもしれないと思うのです。

聞き手:大震災時の日本人の対応のことでしょうか?

岡村:そうです。例えば,なにもかも失ってしまった方たちが,パニックにもならずに救援物資の列に静かに並んでおられる。戦後の復興期もそうでした。阪神・淡路大震災のときも,略奪がないのが大きなニュースになりました。今回はさらにインターネットなどで大量の状況がすばやく伝わっています。それを見た世界の人は,「日本ってすごい国だ」と日本人が想像する以上に感心している。だから今は,日本が世界に向けて何か言えば好意を持って,あるいは信頼感を持って聞いてもらえる稀有(けう)な機会かもしれないと思っています。実際5月の連休中,ジュネーブのITU会議に出ていましたが,大いにそういう空気でした。

聞き手:日本はどういうメッセージを発信できるのでしょうか。

岡村:われわれは,外敵の憂いなく一カ所に住み続け,世界史上に例がないほどの長い間,歴史のフィルターを途切れなく動かしながら共生のノウハウを積み上げてきました。そして2006年だったと思うのですが,英国BBC放送のアンケートによれば,日本は世界によい影響を与えている国のトップとなり,世界一の安全・長寿命と,豊かさを手にしました。しかし同時に,多様性のジャングルともいえるグローバル世界から見れば,日本は良くも悪くも無菌のままガラパゴス化を進めてきた面がある。そして戦後,真の教養人を育てる教育が抑えられた中で,最近のグローバル化の波に襲われ,いとも簡単に富や便利さを求めて,安易な競争に走りすぎてしまった。日本人の多くは,いまさら元に戻れないと感じていたのではないでしょうか。そこに大震災です。日本人の品格,本来の価値観がどんなに貴重なものだったかを,奇跡のように思い出させてもらったのではないかと思います。
 最近の気候変動,資源枯渇,原発問題,世界同時不況などを見れば分かるように,いまや「プラネットアース」全体が共生のノウハウを必要としている。でも争いは絶えず,格差は拡がっていますね。われわれは共生,協調のエキスパートとして,その力を世界に伝えたいと思うのです。国際標準化の場は,そういうメッセージを伝えていく最前線の一つですから,以前にも増してそういうことをやっていきたいと思っています。しかし一方で,異民族の厳しい侵略に曝(さら)されて危機管理,情報力,戦略を強化してきた諸外国が相手ですから,共生を訴えるだけでは日本の国益は守れない。何事もよく相談しなければ決められない日本をどう守り,カバーしていくか,強い宗教をもたない日本の大きな課題かもしれない思うのですが……。どうも,話が広がりすぎましたね(笑)。

聞き手:そんなことはありません。最後に最近のお仕事についてお聞かせ願えますか?

岡村:現在,私はITU標準化の戦略を議論するTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Group)というグループの副議長ですが,TSAGは世界の通信技術や通信網をどういう方向に持っていくのかを議論するグループです。ITUは国連の専門機関ですから,情報格差を縮める責任もあります。しかし経済重視の先進国は口先だけで動かない。そこで昨年,優れた先端技術に加えて,安くて高信頼な従来技術も改めて標準化の対象にすることを提案し,ITUの標準化目標の3本の柱の1本として合意したのです。これは日本の提案です。途上国から厚い援助をいただいたわけでもあり,「プラネットアース」の視点から少しでもいいから行動したい。私は最近,情報格差,遠隔医療,環境問題などの議論に積極的に参加していますが,たとえば年収3000ドル以下,世界人口の7割にあたる途上国のルーラル地域を中心に,適正な利益をあげながら通信インフラを充実させる。そういう方向で,いまお話した3本の柱の1本を具体化して行きたいのです。
 標準化活動とは離れますが,日本のGDPの70%以上を占めるサービス産業の働き方を改善するセミナーの講師もさせていただいています。トヨタ方式の社内顧客,カンバン,ジャストインタイムなどの考え方の元になった有名なデミング博士が,アメリカの地方政府,軍隊,銀行,ホテルのようなサービス産業を指導して労働生産性を劇的に上げた。今ではアメリカのほとんどの大学院でその基本を教えていますが,日本の大学院ではまだほとんどありません。私はコーニングに移って経営大学院に行きましたが,滞米32年のデミング博士のセミナー助手を長く務めた吉田耕作先生(カリフォルニア州立大名誉教授)と出会いました。吉田先生に師事して8年になりますが,毎月2~3日,NTTコムウエア,NTTデータなどサービス産業で「ジョイ・オブ・ワークセミナ」というセミナーに助手として参加してきました。日本再生の鍵になると確信できる強力なセミナーで,標準化と並行して,ライフワークにしたいと考えています。

聞き手:本日は非常に面白く興味深いお話をありがとうございました。
岡村 治男(おかむら・はるお)

岡村 治男(おかむら・はるお)

NTT,NEC,米コーニングで光通信の研究とビジネスにたずさわり,1990年ごろから国際標準化に関わる。2003年,技術や考え方を世界標準にするお手伝いをする(株)グローバルプランを設立。光通信,地球環境,情報格差,国際人材育成などで積極的に発言している。また,2002年から有名なデミング博士の高弟である米国カリフォルニア州立大の吉田耕作名誉教授に師事して,人間尊重・協調・全体観によるサービス業の向上セミナーを展開。日本経済再生の強力なテコと考えている。最近は国際人材の素養について東京大学大学院非常勤講師や経済産業省の出前授業講師などにも従事。日本ITU協会顧問,コーニングアドバイザ,情報通信審議会専門委員,工学博士,経営学修士。

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