いかに執着できるかに尽きる立命館大学 教授 小野 雄三
原理原則をきちんと学ぶ
小野:でも,その執着をどうやって学生なり若い人の身に付けさせるのかと聞かれると,実際には非常に難しいことですが,マネジャーあるいは教員の力量によるものがほとんどかもしれません。一方で同時に若い人や開発者自身の問題でもあるのかなと思います。人の問題そのものという気がします。学生が卒業するときに「とにかく執念を持って執着して開発をやれば必ずできる」と言うのですが,同時にその言にはちょっと危険を感じるので「そればかりやっているのはあかんよ。どこかでスッと力を抜くところを作らなきゃ駄目だよ」と付け加えます。NEC時代のわたしの上司から言われた言葉ですが,寺院の山門の左右に仁王さんがいますよね,カーッと目を見開いてものすごく力を入れたポーズをとっているのですが,左手はスッと力が抜けていますよと。要するに全力で常にぶつかって行ったら身が持たない,どこかでスッと力を抜きなさい,とわたしが体調を損ねたときに言ってくれたのです。
聞き手:最近の若い人たちにはあまり執念というものが無さそうな気がしますが。
小野:執念以前に大学教育が非常に難くなっていますね。わたしは,大学ではやはり原理原則をきちんと教えなくてはいけないと思っています。企業にいた時のセミナーのようなことをやってはいかんと。よく学生から「演習問題をやってほしい」と言われます。しかし,演習問題をやるということは「教育」ではなく「訓練」ではないのかと思うのです。どうも小さなころからずっと入試の訓練みたいな演習問題ばかりこなしてきているので,講義をすると,どこがポイントなのか分からないらしい。それで,「演習問題をしてほしい」ということになります。
「ものごとがなぜそうであるのか」という理解をもっと深めさせたいと思い,歴史背景などを講義に加えると,割と理解できる時があります。「なぜこんな問題がこういうふうに解かれたのか」ということを歴史をたどってみると意外と面白く,それで学生が「なるほど」となることがあります。また,先ほどの他分野とのアナロジーですね。「これは電磁気ではこう言っているけど,力学で言っているアレと同じだよ」というような方法で理解してくれないかなと思ってやっています。
聞き手:先ほどのようなニュートンの光の粒子説から始まる説明をうかがうと,確かにいろいろなことが理解しやすくなりますね。
小野:そうですね。わたしもフォトニック結晶をやっていて,ハッと気付いたことがありました。大学では応用物理学科にいましたから,当然,量子力学を学んだのですが,シュレディンガー方程式の成り立ちの理由をハッキリと説明された覚えがありません。ただ聞いていなかっただけかもしれませんが(笑)。シュレディンガー方程式は電子の波動性を記述する方程式ですよね。すなわち電子の波動方程式なのですが,そこのところをちゃんと教わらなかったような気がするのです。フォトニック結晶の研究をやっていると,電子と光両方の波動方程式が出てくるので,それらを対比させてみると非常によく分かるのです。
聞き手:わたしも学生時代から「テストがあるから勉強する」という感覚でやってきたような気がします。ですから,いわゆる公式のたぐいはいろいろと覚えたのですが,それらのつながりは本当のところ,ちゃんと理解できていないような気がします。
小野:何か1つだけキチンと身に付けることが大事なんじゃないかと思います。例えば,力学をキチンと身に付けていると,何か分からないことを考える時に「これは力学ではこういうことを言っているのと違うかな」というようにアナロジーを使って考えられますよね。自分の分かる体系に翻訳して理解するというようなことが多々ある気がするのです。だから学生にも,科目は何でもいいから1つだけキチンと理解しているものを身に付けなさいと言っています。
聞き手:本日はいろいろと興味深いお話をいただき,ありがとうございました。
小野 雄三(おの・ゆうぞう)
1970年,東京工業大学 理学部応用物理学科卒業。同年,日本電気?に入社して中央研究所に配属。光磁気メモリー,ホログラフィックメモリー,高速レーザープリンター,ホログラフィックレーザー・スキャナー,POSスキャナー,CD-ROM用および光磁気用ホログラムヘッドなどの光情報機器,回折光学,光記録等の研究開発に従事。1999年,立命館大学理工学部教授に転出。ホログラフィックリソグラフィーによる3次元フォトニック結晶の形成と特性解析の研究に注力。現在に至る。工学博士(1985年 東京工業大学)。応用物理学会光学論文賞,新技術開発財団市村賞,科学技術庁長官賞(研究功績者表彰),経済産業省国際標準化貢献者表彰など受賞。応用物理学会フェロー,ISO TC 172/SC 9/WG 7 コンビーナー。