“汽水”には面白そうなテーマが集まる電気通信大学 教授 武田 光夫
計算機ホログラムから結像評価へ
聞き手:大変失礼な言い方で恐縮ですが,進学当時は光学がご専門ではなかったのに,国内外で最先端の研究室に入られて,いろいろとご苦労があったのではありませんか?武田:おっしゃる通り,当時のわたしは光学の知識が何もなく,電磁気学のマックスウェル方程式や電波伝播の波動方程式を知っている程度でした。その代わりに,情報系の計算機や信号処理などについては多少の知識があったので,その点は物理工学科の学生たちと違っていました。小瀬先生も当時,「武田に何をさせようか」と悩まれたのではないでしょうか。「君は計算機のことは知っているようなので,計算機ホログラムをやってみたら」とおっしゃって,わたしの修士論文のテーマは計算機ホログラムになりました。
聞き手:計算機ホログラムとは,どういったものでしょうか?
武田:光を干渉させて3次元画像を記録するのが普通のレーザーホログラムです。一方,計算機内部で物体を数値的に定義して,そこから出てくる波を計算し,さらに参照光も計算して干渉縞をコンピューター内で作るのが計算機ホログラムです。計算結果の干渉縞を当時はフィルムなどに記録して,それにレーザー光を当てると記録した物体を再現できます。また,さまざまな任意の波面を出すこともできます。Lohmann先生の論文を読んで,「これなら僕もできるだろう」と思って計算機ホログラムを作り始めました。
当時のコンピューターでは,たかだか64×64画素程度のホログラムを作るのにも大変時間がかかりました。ホログラムを米Calcomp Technology社(当時)の機械式プロッターでガリガリと描くのですが,計算機使用時間は1~2時間程度しかもらえないので描画が完成せず,縁だけ描かせて後は自分の手で塗りつぶすというような,文字通り「手作りホログラム」でした。しかし,指導してくださった助手の久保田敏弘さんや先輩の有本昭さんといっしょに,レーザー光を当てて意図した絵が出てくるのを見たときには「面白い!」と思いましたね。
聞き手:博士課程ではどのようなことをご研究されたのですか?
武田:計算機ホログラムの延長線で研究を続けられれば良かったのですが,当時はコンピューターの性能に限界があり,なかなかやりたいことが実現できませんでした。「計算機ホログラムの研究で果たして学位論文が書けるのか?」とずいぶん思い悩んだ時期でした。そのころ,小瀬先生は文部省の長期在外研究員で米国アリゾナ大学にいらっしゃっていて,博士1年のわたしと後輩の修士1年の鈴木章義さんは,先生の留守の間に研究テーマから研究計画まですべて自分自身で考えなければいけないという状況でした。2人で顔を合わせては一緒に悩んでいました。小瀬先生も心配されて,「必要なものがあるのなら言ってくれれば何とかするよ」とおっしゃってくださったのですが,結局,悩んだ末にテーマを変えることにしました。
聞き手:新しいテーマはどのようなテーマだったのですか?
武田:新しいテーマは,レンズの結像性能を評価することでした。OTF(Optical Transfer Function:光学伝達関数)やMTF(Modulation Transfer Function:OTFの絶対値)という概念で,今はほとんど日常的に使われていますが,当時はその測定器がアナログ方式からデジタル方式に変わる節目の時期でした。海外では正弦波格子を用いてアナログ的に検出していた方法に徐々にデジタル計算機による計測法が入ってきていました。わたしは通信の符号理論に基づいて設計した多重スリットを用いたデジタル方式によるOTF測定法の原理を考えました。
しかし,その有効性を確かめるために試作機を作ろうと思っても,多重スリットの製作のための半導体露光装置と走査のための精密位置決め装置が必要で,とても大学で作れるものではありません。当時,キヤノン(株)の中央研究所では山口意颯男さんや小瀬研究室の先輩の朝枝剛さんたちがエッジスキャン方式のOTF測定装置を開発していました。小瀬先生がこれらの方にお願いしてくださり,その結果,博士課程の2年の後半から3年になる時に,大学に籍を置きながらキヤノンの中央研究所で部屋や装置を使わせてもらって実験するようになりました。今でいう学生の“インターンシップ”に近い感じですね。これらの研究者の方たちから指導を受けながら装置を作り実験をしたところ,考え通りの結果が出たので,それで学位論文を書きました。
今になって考えると,修士課程の時にやっていた計算機ホログラムの研究を発展させることができなかったのは,当時のわたしの視野が狭かったからだと思っています。計算機ホログラムは今では非球面の検査など干渉計測に使う光学素子として広く用いられています。しかし,当時のわたしには計算機ホログラムを3次元画像のディスプレイ素子としてしか見ることができず,それ以外の応用があることに気がつきませんでした。アリゾナ大学のWyantさんや学生時代からの友人の谷田貝豊彦さんは,計算機ホログラムの非球面原器に利用する可能性に気付き,光計測への応用に成功しました。谷田貝さんは計算機ホログラムの優れた研究で学位論文を書いています。博士課程では,こうした経験を通じて自身の視野の狭さやペシミズムを反省し,少しですが研究者として成長することができました。
武田 光夫(たけだ・みつお)
1969年,電気通信大学 電気通信学部電波工学科卒業。1971年,東京大学 大学院工学系研究科物理工学専門課程修士課程修了,1974年,同博士課程修了(工学博士)。同年,日本学術振興会 奨励研究員。1975年,キヤノン(株)に入社し中央研究所と本社光学部に配属。1977年,電気通信大学電気通信学部講師。1980年,同助教授。1985年,当時の文部省長期在学研究員として米国スタンフォード大学 情報システム研究所客員研究員。1990年,電気通信学部教授に昇任。現在,大学院情報理工学研究科教授。専門分野は応用光学と情報光工学。現在の研究課題は,光応用計測や光情報処理,結像光学と画像処理など。応用物理学会理事や評議員,日本光学会幹事長,SPIE理事などを歴任。SPIE Dennis Gabor Awardや応用物理学会量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)など多数受賞。OSA Fellow, SPIE Fellow, 応用物理学会Fellow。