【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

ターゲット・オリエンテッドな技術的展開が次世代へ向けたものづくりの価値を構築する埼玉大学研究開発機構オープンイノベーションセンター 客員教授 山本 碩?

ノウハウの技術への転換をライフワークに

聞き手:日本では,その手磨きの職人技が軍需技術の1つと言われていますよね。

山本:よく言いますよね。でも,私の基本姿勢は“ノウハウの技術への転換”なんですね。ノウハウと言われるものは,これを技術に置き換えなければ量産はできない。これを技術に置き換えることによって初めて進歩し始める。そこで私は,超精密分野のノウハウを技術へ転換するために“ノウハウを分析的に解明して,再現性を成り立たせるようにする”ことを,ライフワークとして取り組んできました。

聞き手:いつごろからそういう意識が芽生えていたのですか?

山本:最初からですね。ものづくりにおいては,一個一個の形状,その表面の状態,そして材料をどう作るか,といった設計で求める機能を形にしていくことが重要になってきます。設計の機能を形にするために加工サブシステムと計測サブシステムがあり,測れなければ加工も,加工の制御もできません。完ぺきな製品を確実に量産するためには,目的とする物との関連で,1μmでいいのか,1000分の1μmでなくてはいけないのかといった,そのレベルに応じた技術を確立することが必要なわけです。要は,ものづくりの5大要素「材料・プロセス・装置・計測・解析」で,何を作るかによって手段を構築していくことです。例えば,非球面を研削加工にするかプレスにするかによってコストが1桁,2桁違ってきますから,あくまでもこの目標に対して何が最適かというのを考えていかなければならない。ここがどれだけきちんと拡充できているか,そして,新しいものが出てきた時にどれだけ対応できるかが,企業間の競争力となって出てきます。ですからキヤノンでは重要な部品はこの5大要素をすべて,そのプロセスも含め自社で開発しています。とにかく,生産技術というのは技能やノウハウであってはいけない。ノウハウを徹底的にブレークダウンして,機械として誰でも扱えるようにしていくことが私の仕事だと思ってやってきました。

聞き手:この取り組みが,1982年の画期的な形状をしたH型ウエハーステージの開発に至ったわけですね。

山本:ステッパー用のステージは結構大きなテーマでした。ステッパー用のウエハーステージは,ステップ&リピートで高速に移動し,ナノメートルレベルで位置決めをしなければなりません。1プロセスで,液を流してコーティングし,乾燥させてアフターベーク,露光してエッチングし,とそれを40回程やってICができてくる。そのたびにナノメートル精度の位置合わが重要となってきます。そのために,XY軸方向でナノメートルの高速高精度の位置決め制御を行う技術を確立する必要がありました。送り駆動系を普通にねじでやるとねじの触れ回りで悪い影響が出てしまい,回転成分など位置が決められないところがあり,エアベアリングに対応できるベストの構成にしなければだめだと発想の転換をしました。それが,伝達機構のないリニアモータによるダイレクト駆動です。完全非接触XY直進運動機構として,露光装置に適用されました。

聞き手:キヤノン独自の,通常では思いつかない構成なのですか?

山本:現在はこの形のステッパーステージが普及していますが,1982年の開発当時は普通の工作機械からすると愚の骨頂の構成で,キヤノン独自のそして世界初の形状でした。伝達機構を全部やめて工作機械のIC化を図ることで不要な組み立て工数をなくし,機械の小型化とダイレクト化をしていきました。例えば,100~の鉄が1℃上がると1μm延びるのですが,1000分の1μmの制御をしようとすると,1000分の1℃で管理しなければなりません。そういうことを全部の方向でやろうとすると,とてもじゃないがお金が掛かってしまう。精度の必要なところと必要でないところを峻別して,必要なところに対しては徹底的に管理するといった手だてを考えることが重要です。

聞き手:現状の技術力や材料等ではこれ以上のIC化は厳しいという場合はどう対処されてきたのですか。

山本:常に「これじゃあ,無理じゃないか!」と開発メンバーから訴えがありましたよ。でも,それは測れていないところや本当に分析できていないところが必ずあるんですよ。逆に,どうすればできるかと考えていけばいろんな方法が出てきますよ,工作機械メーカーだったら絶対やらない方法論がね(笑)。材料絡みのところは分析しきれないという面もありますが,大抵の場合,傾向値が分かってくると現象が見えてきます。計測の分解能を上げる,あるいは継続的に見るとか,その起こっている現象の因果関係を追究していくと,必ず見えてくる部分があります。そこに発想の転換を含めてアプローチを掛けることによって,必然的に新しい発想が出てくるわけです。 <次ページへ続く>
山本 碩?(やまもと・ひろのり)

山本 碩?(やまもと・ひろのり)

1969年,九州大学工学部工学研究科修士課程修了。同年,キヤノン(株)に入社し工作機械設計課に配属。1982年に生産技術部主幹研究員,1983年に超精密研究部機械要素研究室室長。1994年(?97年)九州大学工学部非常勤講師,1996年生産技術研究所所長。1998年に生産本部副本部長,1999年に取締役兼コアテクノロジー開発本部長,2001年にディスプレイ開発本部長。2003年に同社先端技術研究本部部長に就任し,日本機械学会の生産加工・工作機械部門部門長を兼任。2004年に同社常務取締役,日本機械学会のフェローに。2005年に同社生産技術本部長兼グローバル環境推進本部長に。2007年,キヤノン電子(株)に移籍し取締役副社長就任。2010年に?埼玉県産業振興公社(旧・?埼玉県中小企業振興公社)の理事長を就任,2012年に同公社を退任。同年4月,埼玉大学研究開発機構オープンイノベーションセンター客員教授に就任,現在に至る。研究・専門テーマ:精密機械要素,精密加工機,精密加工

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