【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

ターゲット・オリエンテッドな技術的展開が次世代へ向けたものづくりの価値を構築する埼玉大学研究開発機構オープンイノベーションセンター 客員教授 山本 碩?

発想は単純に因果関係をロジカルに構築

聞き手:発想の展開へのアプローチは山本さんならでのお考えですか?ある方に言わせると「キヤノンの精密機器の原点は山本さんにある」と伺いましたが。

山本:どうでしょう? 私が原点かどうかは分かりません(笑)。しかし,部下に恵まれたことだけは確かです。具体的な結果を出したのはすべて部下たちです。精密をやっていると,ロジカルに因果関係を作らなければ物はできませんから。遥かに人間の限界を超えているじゃないですか。そういう意味では,原因追究に関してはかなり厳しかったですよ。そして再現性がどのレベルであるということをきちんと分かるようにすれば,加工ができるようになる、と発想は至って単純ですよ。

聞き手:単純発想でないと,ノウハウを技術に転化できないということですね。山本さんは生産技術研究所の所長や生産本部副部長も兼務され,入社されて以来,横断的に展開されていますよね。

山本:超精密に片足を深く突っ込みながら,いろいろな領域の技術を経験させてもらいました。化学屋さん,物理屋さん,電気屋さんとも,平気で本質論というか,現象論を戦わすということが好きなんですよね。自分で発想することはできないにしても,単純発想でストレートに聞きますから専門家のほうは困るようです。素人の単純発想でも結構的を射ている部分があって,それが発想の転換につながることもありました。

聞き手:それを量産に乗せて事業転換するには,経営面も視野にいれなければなりませんよね。

山本:生産技術で一番重要なポイントですよね。期はまず製品を形にすることが必要ですが,発展期には量産技術の確立や生産性の革新によって高性能でかつコストダウンへのプロセス転換が重要になってくる。1996年に技術を離れて所長になったころには,生産技術部隊というのはどうあるべきかを随分考えました。年間49冊のビジネス本を相当苦しみながら読みました(笑)。ドラッカーの『経営者の条件』や『イノベーションと企業家精神』の中に,“組織の中は努力とコストだけ,組織の外へのアウトプットによって,その組織の価値が決まる”と言うような言葉がありまして,組織にとっての方向,何をどう重点的にやるのか,その方向性も実は外にあるのではないかと考えました。内向き志向で生産技術の中だけでやっていても,本質的な変革というのは図れないというのが分かってきまして,じゃあ,生産技術の部門にとって組織の外に当たるのはどこかと考えると,事業部の開発部隊であり,アウトプットとなる工場なわけですね。そこと勝つことを目標にした有機的な連携とジャンピング目標の共有化をやることが極めて重要で,そのためには自分たちの方向性を明確にすることによって,初めて中長期的な体質強化なりが判明するのではないかと気付きました。そこで,研究は価値の創造であり,開発は価値の最適化であり,生産部門は価値の複製であるといったことをまとめ,生産技術研究所革新を実行しました。

聞き手:先ほどのものづくりの5大要素「材料・プロセス・装置・計測・解析」のつながりを,ここで可視化されたですね。

山本:うまく行っていない時は,5大要素のどこかが足りていないからです。そして,革新の3要素の中から,「どういうテーマを持つかが重要」,「今まで通りのやり方論に寄るのではなく,開発プロセスをもっとロジカルにする(Development Process Reengineering)」という2つを重要視しまして,「機能の物への転換,物の具現化,物の確定生産でなくてはいけない」と,私独自の言葉に置き換え,展開していきました。今までは下請け的な発想しかなかったところを,次世代素子といった幾つか重要なテーマを事業部開発部隊と一体となってテーマ化し,それを設計サイドとものづくりサイドも融合して,真の競争力にしていくというふうに転換させました。設計者がどれだけ幅広い視野を持っているかによって,求めるものが変わってきますから,部署を横断したコミュニケーションで視野を広げることもできます。専門の領域だけに特化していると,違う視点で物事が動いていることに対しては感度が低くなってきますから。

聞き手:そこが今の日本の問題点でしょうか?

山本:ええ,随分危ないところだと思いますね。コンセプトが出せないと言われていますよね。もっと幅広くいろんな人の意見なり,発想なりを常に吸収しようという姿勢が必要になってくるではないでしょうか。視野が狭くなっているのでしょうね。
 ドイツのアーヘンにはオプトと超精密を1つの核にした集団がありまして,先日,そこに招待されて行きましたところ,参加15国中,日本人は私一人だけでした。スイスで設計をやっている人,米国からはムーアスペシャルツールの人など,いわゆる超精密加工機の本家本元みたいなところから来て発表し,設計者とプロジェクトリーダーが自由に討論していました。天上天下唯我独尊みたいな設計者もいますが,そういう人たちとフランクに議論できるだけの視野の広さをそのリーダーたちは持っているんですよね。

聞き手:山本さんは2004年にキヤノンで取締役になられ,2007年にキヤノン電子の副社長を就任,そして2010年から埼玉県中小企業振興公社の理事長に就任され,今年の3月にご退任されたばかりですが,今後はどういったご活動を?

山本:埼玉大学でオプト関連技術の普及活動をやろうかなと思っています。光学は比較的に産と学がつながりやすい分野ですが,新しい領域の開拓においてはなかなかつながりが持てていませんから,そのお手伝いができれば。
 大学の研究というのは技術的に難しいことに価値がありますが,企業は利用価値が先行します。最近では,意味的価値とも言われています。横軸にテクノロジー軸,縦軸にバリュー軸をとり,その両方を満たすターゲットこそが重要です。テクノロジー軸の価値だけを求めていては,勝てません。

聞き手:いくら技術がすぐれていても,やはりそれを事業化する方向に動かなければ,結局技術を開発しておしまいということですね。

山本:今,日本に求められているのは,その先のイメージをどうするかということです。皆さんが求める価値がどういったものかをきちんと議論する場がないですよね。アーヘンでは,次世代のバリューはどこにあるかという話を,プロジェクトリーダーたちはいろんな設計者と一生懸命議論していました。日本は,どういうことを具体的にやることがバリューなのかをもっと追究しなければいけませんね。バリューがもっとクリアになれば,技術がフォーカスされ,それによってイノベーションが出てくるわけです。今,求められているのは,そこのコミュニケーションじゃないかなという気がしますね。
山本 碩?(やまもと・ひろのり)

山本 碩?(やまもと・ひろのり)

1969年,九州大学工学部工学研究科修士課程修了。同年,キヤノン(株)に入社し工作機械設計課に配属。1982年に生産技術部主幹研究員,1983年に超精密研究部機械要素研究室室長。1994年(?97年)九州大学工学部非常勤講師,1996年生産技術研究所所長。1998年に生産本部副本部長,1999年に取締役兼コアテクノロジー開発本部長,2001年にディスプレイ開発本部長。2003年に同社先端技術研究本部部長に就任し,日本機械学会の生産加工・工作機械部門部門長を兼任。2004年に同社常務取締役,日本機械学会のフェローに。2005年に同社生産技術本部長兼グローバル環境推進本部長に。2007年,キヤノン電子(株)に移籍し取締役副社長就任。2010年に?埼玉県産業振興公社(旧・?埼玉県中小企業振興公社)の理事長を就任,2012年に同公社を退任。同年4月,埼玉大学研究開発機構オープンイノベーションセンター客員教授に就任,現在に至る。研究・専門テーマ:精密機械要素,精密加工機,精密加工

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