何か新しいものを作っておくと,誰かが面白い応用を考えるものです東京工業大学 学長 伊賀 健一
原理・基礎勉強をやり脳の切り替えを訓練すべし
聞き手:今後の光エレクトロニクス分野を担う日本の若手研究者,技術者,そして大学生に「光」の魅力などメッセージをお願いします。伊賀:これからは「光の時代」ということもあると思います。まず,太陽の光を使うエネルギーの分野については,これからやらなければいけないでしょう。太陽電池が1つの代表例です。これはレーザーとは違い,逆に光を受けて電気を作るほうですから,逆側の光エレクトロニクスの分野として非常に大きい分野になるのではないでしょうか。光エレクトロニクスがいろいろな点で広がってきて,エネルギー,環境,ライフのみならず,農業などの思ってもみなかったような分野への発展があると思います。皆さんには,大いに勉強して,新しい分野を開拓してもらいたいものです。私が面発光レーザーを考えついたときにレーザーマウスに応用されるようになるとは思ってもみませんでした。想像の域を超えています。これからの人は,このように思ってもみない分野に挑戦してください。
私は趣味でコントラバスを弾いていますが,面白いのはレーザーの共振器と楽器の原理が非常に似ていることです。モードロックレーザーと,特に弦楽器におけるヘルムホルツ波は非常に似ていて面白いことが分かります。1つのことを一生懸命やるということもいいのですが,音楽に限らず,仕事以外に趣味を持ってやるのもいいかもしれません。私の場合は,音楽を通じて人的なつながりも広がりましたし,また脳内のスイッチを切り替えるトレーニングにもなり,非常にいいのではないかと思います。今,博士課程の教育システムを改善しようとグローバルリーダー教育院(AGL)を2011年4月につくりました。文部科学省のプロジェクトもあり,東工大でも3つのプロジェクトのリーディング大学院というものを推進しています。原子力と環境エネルギー,そして生命情報で,2012年からAGLも参入します。
理工系の大学として東工大を選び,理工系の研究をして「面白い」と思う。それはいいのですが,「一生その分野でやるのか」というと,そうでもないと思います。世の中にはいろいろと大事なこと,面白いことがあります。その時に,脳のスイッチを切り替えないと,柔軟性が出てきません。「これしかやりません」,では困ってしまいます。そこで,東工大ではいろいろな分野の道場を設け,自分の専門以外の話もディスカッションするような場をつくっています。脳の切り替えのトレーニングをしておけば,卒業してどんな場面になっても柔軟に対応していけますからね。
聞き手:若い人達に向けて一言。
伊賀:「原理,基礎の勉強を一生懸命やり,その上でいろいろなことを考えるべし」ということです。そこに面白みや深みが出てきますからね。東工大の規則第1章に「深奥を究め」という表現もあります。光を大いに勉強し,新しいことを考えてほしいと思います。
伊賀 健一(いが・けんいち)
1940年広島県出身。1963年東京工業大学理工学部電気工学課程卒業。1965年同大学院修士課程修了。1968年同博士課程を修了し工学博士に,同年精密工学研究所勤務。1973年同助教授に就任,同年米ベル研究所の客員研究員兼務(1980年9月まで)。1984年同大学の教授に就任。1995年同大学精密工学研究所の所長併任(1998年3月まで)。2000年同大学附属図書館長併任(2001年3月まで),同大学精密工学研究所附属マイクロシステム研究センター長併任(2001年3月まで)。2001年3月定年退職,同大学名誉教授。2001年4月日本学術振興会理事(2007年9月まで),工学院大学客員教授(2007年9月まで)。2007年10月東京工業大学学長就任,2012年9月末退任。●専門等:光エレクトロニクス。面発光レーザー,平板マイクロレンズを提案。高速光ファイバー通信網などインターネットの基礎技術,コンピューターマウス,レーザープリンターのレーザー光源などに展開される光エレクトロニクスの基礎を築く。応用物理学会・微小光学研究グループ代表。日本学術会議第19,20期会員,21期連携会員。町田フィルハーモニー交響楽団のコントラバス奏者,町田フィル・バロック合奏団の主宰者でもある。
●1998年朝日賞,2001年紫綬褒章,2002年ランク賞,2003年IEEEダニエル E. ノーブル賞,2003年藤原賞,2007年 C&C賞,2009年NHK放送文化賞ほか表彰・受賞。