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研究の醍醐味は未踏の荒野を探し当てること東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 教授 香取 秀俊

「君は“ものぐさ”だから」と言い放った恩師

聞き手:香取先生にとっての恩師とは,これまで出会ってこられてきた方々のうちのどなたになりますか。

香取:私の恩師といえば,学部生時代の指導教官であり,博士課程を中退して,助手を務めるなどして約9年にわたってご指導いただいた清水富士夫先生です。あるとき,清水先生が私に「君は“ものぐさ”だから」と言ったことがありました。その言葉に私は心の中で「失礼な!」と(笑)。当時は,私自身の評として,どちらかといえばマメな性格だと思っていたからです。ただし,清水先生が言われる「ものぐさ」の性格について,あらためて自己分析してみると,確かに心当たりがあるのです。ものぐさだから,できるだけ楽ができそうで,過去に誰も着手していないフィールドを探求し,それを研究テーマとして選択し取り組んでいるのですから(笑)。その意味では,清水先生は“ものぐさ”であることを私に気付かせてくれた恩人であり,鋭い視点や見解で指導していただける先生であり,めったに人を褒めることのない厳しい先生でもあります。私はそれを反面教師として受け止め,私の学生たちを大いに褒めるようにしています(笑)。
 初めてお会いしたのは,私が東京大学工学部物理工学科の4年次のときでした。現在も変わっていないと思いますが,学生が集中する研究室を希望する場合は最終的にジャンケンでその枠を決める習わしになっていて,私はジャンケンで負けて清水先生の研究室(清水研)に在籍することになったのです。実は,わらしべ長者の話の始まりはここからかもしれません(笑)。研究室で初顔合わせしたときの第一印象は一言でいえば,怖い先生であり,近づき難いオーラを発していました。しかし,その後は指導を受ける機会を重ねていくうちに,次第に研究内容に対する問題点や課題を瞬時に見抜き,そのポイントを鋭く指摘し,解決策を提示される洞察力にひかれていきました。
 私のころの大学教育は全般に放任主義で,清水先生もまさしく“背中を見せて学ばせる”指導でした。最も楽しい研究は,先生専用の実験室で,ご自身でされていて,それにお忙しかったんです。学生の面倒を見るよりも(笑)。研究テーマを決めるとその後は,数か月に1回順番で回ってくるミーティングのディスカッションが試練の瞬間でした。そのため,清水研に在籍する学生は,自主的に研究に取り組もうとする思考や姿勢がなければ,何も研究せずに卒業してしまう一方,研究テーマを自由に追究したい学生にはいい研究環境でした。楽しそうに実験される先生の背中は,私にとって大いなる励みでした。私もいつか清水先生みたいに,実験がしてみたいと思わせてくれました。
 約9年間,清水先生から指導を受けた後,MPQに客員研究員として留学するわけですが,このときも,清水先生がMPQのH. Walther先生はどう?と紹介してくれたので素直に従い,わらしべ第2幕が始まりました。このように振り返ると,清水先生には感謝の念に堪えません。最近も,研究会などで年に数回お目にかかります。清水先生にお会いすれば光格子時計など私の研究の内容が話題となりますが,大概は憎まれ口をたたかれています(笑)。 <次ページへ続く>
香取 秀俊(かとり・ひでとし)

香取 秀俊(かとり・ひでとし)

1964年東京都生まれ。1988年東京大学工学部物理工学科卒業。1991年東京大学工学部教務職員のち同助手,1994年東京大学大学院・論文博士(工学),独マックス・プランク量子光学研究所 客員研究員。1999年東京大学工学部 総合試験所助教授。2010年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授,科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業・ERATO香取創造時空プロジェクト研究総括。2011年理化学研究所 香取量子計測研究室 主任研究員(兼務)
●研究分野:量子エレクトロニクス
●2005年European Time and Frequency Award,2006年日本IBM科学賞,2008年Rabi Award,2010年市村学術賞特別賞,2011年ジーボルト賞,2012年朝日賞,2013年東レ科学技術賞ほか。

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