出口を見据えたデバイス研究を東京工業大学 精密工学研究所附属 フォトニクス集積システム研究センター 教授 小山 二三夫
単なる発光素子ではなく新しい機能の集約を目指して
聞き手:さまざまな分野で応用が進む面発光レーザーですが,今後の展望についてお聞かせください。小山:面発光レーザーの発展系ということで,今いくつかの研究を進めています。単純に発光素子ということだけではなく,面発光レーザーに光の変調器など,MEMSのような構造体を入れて今まで実現できなかったような機能の集積を行っています。
面発光レーザーの研究をスタートした時には,あまり考えていなかった分野までいろいろな広がりが出てきています。レーザーマウスなども実は私たちが当初研究していたときにはあまり想像していなかったアプリケーションですが,現在,年間数億個レベルという膨大な数が使われています。
データ通信も含めてそうなんですけど,VCSEL自体を実用化したのは,日本が最初ではなく,残念ながら北米です。それから欧州のUlm Photonics社などがレーザーマウスなどのデバイスとしての普及に貢献をしたわけです。
通信については私たちの想定範囲内でしたが,それ以上に昨今のスーパーコンピューターとか,データセンターなど,光インターコネクトの適用範囲が今どんどん広がっています。
研究当初は,光情報処理というと,ちょっと概念的には茫洋としていた部分もありましたが,マウスなどのセンサー技術はこれからも広がっていくでしょうし,携帯端末でセンサー用のレーザー光源や,あるいは車載に搭載される光のセンサーなどもあるのかもしれないですね。
VCSELではなく端面発光型ですが,今,車間を測る光のセンサーというのは一部ですでに搭載されています。マイクロ波とかそういった競合技術はもちろんあるわけですが,光を使ったセンサーを車にいろいろと搭載して,衝突防止や非常に近距離のいろんな物体を検知することなどに使えれば,と考えています。
VCSELにほとんど類似の構造で,最近光のビームを掃引する研究も始めています。これは通常は垂直に光を放射するのを,層構造に対して水平方向に光を伝搬させます。そのときに,非常に大きな分散が生じます。分散は波長を変えると光の伝搬速度や,位相が変わるという特性のことで,こうした特殊な層構造の導波路は,非常に大きな構造分散を持つことが分かってきています。例えば波長をちょっと変えますと,その層構造を伝搬する光の伝搬角がかなり大きく変わること,また波長を振ると外に放射する光の角度が大きく振れることが生じるのです。これは波長を振ってもいいですし,あるいは熱光学効果や,キャリアを使ったプラズマ効果を使うことで材料の屈折率を変えられますので,それによって電気的に光のビームを大きく変更することができます。
このデバイスの特徴は,素子長をある程度長くしていきますと,回折,広がり角を非常に狭くできます。今行っているもので広がり角0.004度以下です。こういうビーム偏光の1つの指標は解像点数があります。これは,広がり角をビーム偏光角の最大値で割った数値ですが,非機械式では100以下だった解像点数が,この方法を使うことで,1,000を超えるものも得られるようになっています。これをいろんなセンサーに使うことを,今考えているところです。
面発光レーザーの新しい機能を創出することに加え,特に低消費電力化に取り組んでいます。レーザー単体ですと1素子あたりで数mW程度の消費電力まで,研究室レベルでは下がっているわけですが,それが数億個,数十億個になりますと,莫大な電力になるため低消費電力化が欠かせません。
このような研究開発は民間企業2社さんと行っています。それは非常に低電圧でかつ高速に動く,光変調器を集積した面発光レーザーや,現在主流である直接変調の変調限界を,今は10Gbit/s,将来的でも25Gbit/sぐらいと考えられているのを,40Gbit/sとか100Gbit/sを目指す研究も行っているところです。
あるいは,短距離のネットワークでは,低消費電力化に加えて配線密度,信号をどれだけ高密度に空間的に送れるかというのも,重要になります。例えばファイバーを横に並列に並べていったときに,100本,1,000本になると,物理的な大きさが必要になってきますので。
現在,短距離系のネットワークでは,長距離系で使われているようなWDM(波長分割多重:wavelength division multiplexing)などはまだ入っていないわけですが,1つのオプションとしてWDMであるとか空間のモード多重とか,そういったことを短距離のインターコネクトにも,これから考えていかなければいけないだろうと思っています。
ただ,現在の幹線系で使われているようなWDM光源は,非常に精密に温度制御した温度制御機能と,安定化機能をモジュールとして持たせているため,ペルチェ素子のような電子冷却器が必要になってきます。でも,こういう短距離系のネットワークではむしろ消費電力を抑えること,あるいはモジュールを小さくすることが必須ですので,従来の考え方は使えないだろうということで,私たちのところではずいぶん前からMEMSの技術を使って,デバイス単体での自発的な波長の安定化を目指しています。
波長の安定度としては通常のレーザーの1/50とか,ほぼ温度が変わっても波長が変わらないようなレーザーができるようになりつつあります。また,波長を安定化させながら,波長を連続的に掃引できることも,今できつつあります。
まだまだ大学の実験室レベルに留まっていますが,基本的には従来のVCSELの技術をベースに,MEMSのようなちょっと特殊な構造体を入れることで実現できます。しかしながら,ここ数年でそれが実用に入っていく段階にはありませんが,将来の大容量光リンクの1つの方向性として考えられます。
前述の構造分散については,大きな構造分散の導波路は,光の速度も遅くすること,これはスローライトといってフォトニック結晶といった分野では研究が盛んですが,こういう構造体で光の群速度を現在の数十分の1ぐらいまで低下できますので,光スイッチに展開し,それをさらにVCSELに集積することも考えています。
発光素子単体に留まらず,新しい機能を発現する光の機能デバイスを形成して,それを1つのシステムとして集積する方向で研究を進めているところです。出口としては光インターコネクトの大容量の低消費電力,かつ非常に実装密度の高い光源技術への展開や,センサーのようなアプリケーションを考えています。 <次ページへ続く>
小山 二三夫(こやま・ふみお)
1957年東京都生まれ。1980年東京工業大学 電気電子工学卒業。1985年東京工業大学理工学研究科電子物理工学博士修了。1985年東京工業大学精密工学研究所助手。1988年東京工業大学精密工学研究所助教授。2000年東京工業大学精密工学研究所教授。●研究分野:光エレクトロニクス,面発光レーザーと光マイクロマシン,半導体光集積回路の研究,超高速光データリンクの研究。
●1985年英Electronics Letters 論文賞,1986年米電気学会学生論文賞,1988年英Electronics Letlers 論文賞,1989年電子情報通信学会論文賞,1989年電子情報通信学会奨励賞,1998年丸文学術賞,1998年応用物理学会会誌賞,2002年電子情報通信学会論文賞,2004年市村学術賞功績賞,2005年電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ賞,2007年文部科学大臣表彰科学技術賞,2008年IEEE/LEOS William Streifer Award, 2011年Microoptics Award,2012年応用物理学会光・電子集積技術業績賞など受賞。