辛辣な人との出会いや自分の失敗が自分の潜在能力を引き出してくれるニューヨーク州立ストーニーブルック大学客員教授(放射線医学) 谷岡 健吉
すし屋での出会いが研究所行きを決めた
谷岡:私は注入型の研究をした経験から,フィルム映像をビデオに変換するテレシネカメラの残像改善に取り組みました。バイアスライトをカメラの撮像管の脇から入れておいて,光電変換膜にたくさんあるトラップをバイアスライトでできた電荷で全部埋めておけば,目的とする光に対しては残像が少なくなるはずだと思いつきました。私は動作モデルを考え,実験をしたところ,残像特性が大幅に改善されました。測定データだけではなく実際の映像も見て,残像が少なくなったことを確かめました。この成果をNHK四国管内の技術報告会で発表したところ,優秀報告に選ばれ,東京の代々木で開催の全国大会に出られることになりました。その大会参加のために上京した際,後藤さんへのあいさつのために研究所に寄りましたが,後藤さんから,「谷岡君,君がそこまでやるのだったら,ちょっと研究所に来てみないか」といわれたのです。これが26歳のときだったでしょうか。普通,高卒で地方から研究所に来るというのはないですから,声をかけられて非常にうれしかったのですが,果たして自分が研究を仕事としてやっていけるかという不安もありました。ですが,人生というのは面白いものです。その数時間後に,後藤さんが研究所の近くのすし屋に連れていってくれたのですが,そこであることが起きました。当時のNHKに非常にカメラで有名な研究者がいましたが,結構辛辣な方でした。後藤さんと同世代の権威者で,声もかけらけられないような存在でした。その方が,すし屋のテーブルにいて,私の顔を見るなり,眉に唾を付けるしぐさを繰り返しました(笑)。おまえの言っているのはまゆつばだぞと。その道の権威者にそうやられたものですから,私はものすごくショックでした。ですが,それと同時にこんな偉い人が私の技術報告の内容を見てくれていたのだな,また私はこの有名な研究者でも知らない領域のことをやってしまったのだとも思いました。そうすると,高卒の自分でも,自分の手を汚して取り組む研究なら,やっていけるかもしれないと,妙なところで自信を持ちました。そうして高知に戻り先輩や同僚に相談したところ,「おまえ,四国で多少はできても,東京の技研では通用しない。行ったら,苦労するだけだぞ,やめとけ」と親心で結構厳しいことを言われました。ですが,若いうちに難しい仕事に挑戦してみたいという気持ちが勝り,また後藤さんからも「5年くらいたてば,また現場に戻ってもいいぞ」と言われていたことから,28歳のときに東京に移りました。ただ,それまでに四国の地方局採用の高卒が研究所に移った例がなく,人事制度的に大変だったそうです。後藤さんをはじめ,私を知る上司の方々がいろいろ運動してくれて「谷岡を呼ぶぞ」というお話が通ったようです。
すし屋でのまゆつばの一件がなかったら,今の私はなかったかと思うので,すし屋での出会いに非常に感謝しています。 <次ページへ続く>
谷岡 健吉(たにおか・けんきち)
1948年 高知県高知市生まれ 1966年 高知県立高知工業高校電気科卒業 1966年 NHK高知放送局入局 1976年 NHK放送技術研究所に異動 1989年 同研究所 映像デバイス研究部主任研究員 1994年 博士(工学)(東北大学) 1995年 イメージデバイス研究部 副部長 1997年 撮像デバイス 主任研究員 2000年 撮像デバイス部長 2004年 放送デバイス 部長(局長級) 2006年 放送技術研究所 所長(理事待遇) 2008年 定年退職 2008年~2015年 高知工科大学客員教授 2011年~東京電機大学客員教授(工学部) 2015年 ニューヨーク州立ストーニーブルック大学客員教授(放射線医学)●主な活動・受賞歴等
1982年 鈴木記念賞「Se系光導電形撮像管のハイライト残像とその改善」 1983年 放送文化基金賞「高性能カメラの開発」 1990年 放送文化基金賞「高感度・高画質HARP撮像管の開発」 1991年 市村学術賞 功績賞「超高感度・高画質撮像管の開発と実用化」 1991年 丹羽高柳賞 論文賞「アバランシェ増倍 a-Se光導電膜を用いた高感度 HARP撮像管」 1991年 SMPTE Journal Award 「High Sensitivity HDTV Camera Tubewith a HARP Target」 1993年 高柳記念奨励賞「ハイビジョン用高感度HARP撮像管の開発」 1994年 大河内記念技術賞「アバランシェ増倍型高感度撮像管の開発」 1996年 全国発明表彰 恩賜発明賞「超高感度撮像管の開発」 2002年 放送文化基金賞「超高感度ハイビジョン新Super-HARPハンディカメラの開発」 2008年 文部科学大臣表彰 科学技術賞「微小血管造影法の研究」 2008年 産学官連携功労者表彰 日本学術会議会長賞「リアルタイム3次元顕微撮像システムの開発及び細胞内分子動態リアルタイム可視化研究」 2012年 前島密賞 2012年 丹羽高柳賞 功績賞「アバランシェ動作方式超高感度高画質撮像デバイスの研究開発」