国民を喜ばせ,国民に夢を与えたというのが一番の褒め言葉国立天文台 台長 林 正彦
大学院生と指導教員の関係は徒弟制度であり共同研究でもある
林:天文学者になるなんて,小学校以来,全然思ったためしもなく,大学院に行った時も,大学3~4年で習った天文学はあまり習った気もしないから,もうちょっと勉強してみようと思い,できれば修士ぐらい出てどこかへ就職しようと思っていた程度でした。幸か不幸か,修士で勉強し始めたのが電波天文学で,その時にできた最先端の望遠鏡を,なみいる偉い先生を差し置いて私が使いました。当時は私が使っていいものなのかと思っていましたが,今思えばそれでよかったのです。なみいる偉い先生方は,お金をもらってくることや望遠鏡を作ることに忙しくて,望遠鏡を実際に使うのは,大半が大学院生や若手の研究者です。こんなことを言うと怒られるかもしれませんが,大学院生たちはそのデータの価値が分からないのです。つまり,生まれて初めて得たデータが世界最高のデータであるはずなのに,今までの経験がないために,それが世界最高のデータだということが分からないのです。
望遠鏡を作った人たちは,今まで苦労して,まさにそのデータを得るために仕事をしてきたので,重大性が分かるわけです。そこで大学院教育というのが成り立っていて,宝の山を前にして何も分からない大学院生と,宝だと分かる先生とが協力して,論文を仕上げるわけです。
だから,大学院の教育は徒弟制度です。欧米では,この制度がきちっと回っていると思いますが,日本は教員の数に比べて大学院生が多すぎると思うので,うまく回っていない印象があります。本来なら先生1人に大学院生1人,1対1の徒弟制度でないと,密接に大学院生を指導することは難しいと思います。
世の中の制度がそうではないので仕方がないですが,英知をきちっと伝えていくことが重要です。データをきれいな形にするのは,割とすぐにできるようになるのですが,時々学生は,データのどうでもいいところに目を奪われて,論文を書く時に自分の趣味に応じて何かやろうとします。先生は,このデータの何がもっとも重要かは,データを見ればほぼ瞬時に分かるのです。だから,例えば論文を書く上で重要なものほど先に書くわけです。項目の順番を変え,あるいは主張の仕方をこうした方がいいとか,英語で書く論文を指導しながらそれを伝えていくわけですが,それが極めて重要です。
野辺山の望遠鏡はもう30年以上たち,その後,すばる望遠鏡ができ,海外へ行きましたが,若い学生がすばる望遠鏡を使って最先端の研究をします。今度,南アメリカのチリにアルマを作りましたが,そこでも大学院生から若いポスドククラスが非常に高い評価を受ける申請書を書いて,いい研究をしています。
論文をたくさん書いていくうちに分かっていないところが分かり,大学院生やポスドク自身が成長していくのです。どんどん成長すれば,最終的に研究者として自立しますし,そうでない人は残念ながら研究者になれないという,2手に分かれることになります。
天文学の世界では多分あまりないと思うのですが,大学院が重点化されて大学院生が増えた結果,いろんな分野で大学院生が労働力として使われているような感じになってきているのは,最近の悪い傾向だと私は思います。天文学の世界では,大学院生は単なる労働力ではなく,自分でデータをきちっと処理し,自分の頭で申請書を書き,自分で論文に書こうとします。
大学院生と指導教員は師弟関係ではあるのですが,ある意味,共同研究でもあるわけです。指導教員は頭脳を提供し,大学院生は手足というと語弊がありますが,計算機を使って,プログラムを組んで解析をします。指導教員は研究費の申請をして,大学院生は時間が山ほどあるので,自分でプログラムを組んでデータを解析します。それでまた指導教員と会って話すと何か新しい発見があり,「これは素晴らしい,ぜひこれを論文にしよう」というような感じで進めています。その意味で大学院生の存在は非常に重要ではないかと思います。 <次ページへ続く>
林 正彦(はやし・まさひこ)
1959年:岐阜県生まれ1986年:東京大学大学院理学系研究科博士課程終了,理学博士
1986年:日本学術振興会特別研究員
1987年:東京大学助手
1994年:国立天文台助教授
1998年:国立天文台教授
2010年:東京大学大学院理学系研究科教授
2012年:国立天文台台長
●研究分野
電波天文学,赤外線天文学