いろいろな経験を積むためにも学生にはできるだけ海外で洗礼を受けさせる早稲田大学 教授 中島 啓幾
本質に触れることを生の場で学び取れるチャンスが必ずある
聞き手:研究・開発プロセスにおいて自信を喪失したり,試行錯誤して苦悩されたご経験がございましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。また,どうやってそれを乗り越えてこられたか,その秘訣・コツについてもおきかせください。中島:困って詰まったときは,よくいわれる譬えですが,「山で道に迷ったら,元に戻れ」と思っています。あるいは,これが正しいと思ったら,それはもう命懸けで突破するしかないです。最初の設定が悪いかどうかは,1年もやれば分かると思うのです。やらなくて分かれば一番いいのですけれども。
学生には「ボール球に手を出すな」,そして,「ストライクは見逃さずに打て」と言っています。「高校野球に学べ」ということです(笑)。行き詰まったら「出発点に戻りなさい」とも言いますが,結構いろいろなことを途中で捨ててきてしまっているので,大昔まで戻る必要はないかもしれないと思っています。
学生には,自分の一生の間にやれることは限りがあるし,勉強するといっても,すべての学問分野を勉強するわけにはいかないので,自分の好きなことをまず中心に,できれば柱を3本ぐらい立てて,そこで培ったことは,ほかの分野でもそうそう大きく変わるわけではないと,よく言っています。そういうときに必要なのは,やはりアナロジーに支えられたイマジネーションだと思います。今,デジタル万能な時代になってしまったので,アナロジカルなアプローチができなくなりつつあるのではないかと危惧しています。
授業では意識して,「力学系と電気系でも,実は同じ形の方程式で記述できますよ」とか,「現象としては周期とか周波数の桁が違うとしても,振動系だったら,同じような解が出てきますよ」とか,「それは音響でも同じだし,光の共振の理解にも使えます」というようなことを話します。なかなか難しいですけど,専門分野といっても,会社に入れば,好むと好まざるとにかかわらず,そのテーマ,あるいはプロジェクト,それから扱う対象が変わることもありますよね。でも,それまでに勉強したことが無駄になるわけではないので,うまくつなげれば,自分の中に培ったことを有効に生かせるし,もう一度反芻して,取り出してみれば,新たな発見もあるでしょう。これは,学校で学んだことが社会に出て本当に役に立つかどうかという本質的なことだとも考えています。
ですから,表層のことだけではなく,根源のところにサッと戻れるか,あるいは,全くゼロからのスタートではなくて,何らかの既にベースのあるところに新しいものを構築していくのだという意識を持てるかどうかです。1人で本当にやれる人はそういないはずなので,地道にやっている研究会とか,その気になれば,ネットだけでなく,生の場で本質に触れて学び取れるチャンスがあるはずなのです。それをどうやって獲得していくかというのは,いろいろなチャンネル,人脈を自分なりに作っていく努力をすれば,そう難しいことではないと私は思うのです。
私の若かったころは「このことが分からなければ,社内にいるこの人が一番よく知っているよ」と言われました。実際,かなりのアクティビティやオーソリティを持っている人が,各企業には必ずいましたから,私は社内で気軽に相談というか,聞きに行っていました。今は状況が違うかもしれませんが,企業内でできなくなったことは例えば学会レベルで,ニーズを持っている人にサポートできるようなファンクションを持てばいいと思っています。あらためて学会の在り方自体をもう一度考える時期に来ているのではないでしょうか。 <次ページへ続く>
中島 啓幾(なかじま・ひろちか)
1948年 東京都生まれ 1966年 麻布高校卒 1970年 早稲田大学理工学部応用物理学科卒 1972年 早稲田大学大学院理工学研究科修了 1972年~1996年 (株)富士通研究所 1984年~1996年 早稲田大学 非常勤講師 1996年 早稲田大学 教授(現在に至る) 1998年 ボストン大学 客員教授 2001年~2014年 応用物理学会日本光学会微小光学研究グループ 実行委員長 2002年~2014年 日本女子大学 非常勤講師 2003年~2005年 科学技術振興機構(JST)研究開発センタ出向 シニアフェロー 2011年~2013年 応用物理学会 理事(総務担当) 2012年 応用物理学会 春季学術講演会 現地実行委員長●研究分野
酸化物単結晶を用いた微小光学,光導波路デバイス,光集積回路と応用
●主な活動・受賞歴等
第9回光産業技術振興協会桜井賞受賞(1993年)
第2回応用物理学会フェロー表彰(2007年)
応用物理学会微小光学研究会運営委員長(2015年~)