【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

日本では優秀な技術者は育つけれどもアーキテクトが育ちにくい名古屋大学大学院教授(電子情報システム専攻) 佐藤 健一

自分の中にある「何をやりたいか」ということに行きつく

聞き手:研究開発プロセスで成果が出ないなどの理由で自信をなくされたりとか,苦悩をされたりという経験がございましたらお聞かせください。また,それをどうやって乗り越えたかもお聞かせください。

佐藤:研究開発で思った成果が出ないということは日常良くあることです。予測した結果が出ないのはなぜかとか,そういうことは日々考える訳ですが,それが大きな悩みになったことはありません。
 それよりも大きな悩みというかしばしば考えるのは,次にどういう方向に進んだら良いか?を決める時です。今迄で言えば最初は,デバイスや物性から光通信の研究に移るときに悩みましたが,これは大したことではありませんでした。その後伝送技術から,システムとかネットワークといったアーキテクチャーを考える方向に進むときには随分悩みました。
 やはり先は見えていないですから。見えていないというのは,例えばブルーのLEDを作るとかいうので有れば技術的には兎も角,ターゲットとインパクトは明確なのですが,そもそもアーキテクチャーってどれだけのインパクトがあるの?,それをやる意義は何れくらい有るの?といったような状態でした。そこがよく理解できていないので,研究領域を移る決断をするのはかなり悩みました。「知識の幅と量が増えても,結局何かを生み出せずに,ゼネラリストではないけれど,何かそんなことになってしまうのではないか」と悩みましたね。個々の課題についてでは無く,方向を決めるときにすごく悩んでいました。
 若いうちはとにかく目の前の仕事に気をとられています。でも,そこから次に「自分はこれでいいのか?」とか「何をやっていこうか?」と大体30歳代のころに悩む人が多いのではないでしょうか。まあ,それを過ぎてしまうと良くも悪くも「自分はこんなものだ」と何か開き直る場合も多いでしょうけど。
 ただ,これは人と状況によって大きく変わると思います。具体的なものづくりのターゲットがあって,期限が決められてそれに間にあわせないといけないのであれば,当然すごいプレッシャーです。そういう仕事に就いている人には,そういうプレッシャーがあるでしょうし,ある程度自分で道を選べるような環境にいる人なら「では,次に何を」ということを決めるのがプレッシャーになるでしょう。ほとんど思い悩まずに,目の前に見えるものだけをやっていく人もたくさんいますけども,長い目で見て大きな成果を生むことは難しいと思います。
 結局は自分の中にある「何をやりたいか」ということに行きつくと思います。先が見えているわけでないときには,なかなか考えて分かるというようなものではありません。どこかで決断しなければいけないときには,先が見えない不安が勝つか,それとも「やってみよう」と思う気持ちが勝つか,そんな所で決めているのだと思います。
 われわれ研究者の多くは,そんなにクリティカルな判断というのはしていないと思います。戦争とかそういう事態での生き死に関わることなら本当にクリティカルな判断になるでしょうがそうではありませんので。
 研究ですから,100パーセント正しいなどというものはないのです。ただ,こちらの方向に行くべきか,それともあちらの方向に行くべきかというのは,間違い無くあります。どの方向に行っても良いわけではないのです。ただ時間的な予測は難しいですね。例えば私が波長ルーティングによる光のネットワーク研究を始めたときに,もっと早く実用化できると思っていました。4~5年たてば,世の中に普及し始める技術だと思っていたのですが,実際の商用システムとして導入されたのは,研究開始後10年以上経ってからのことでした。
 ただ,その課程では,これが間違った方向だとは,まったく疑いませんでした。そこに行き着くまでの技術の進歩,デバイスの進展が読み切れていなかった,それに電気技術の進展が思ったより早かったということでしょう。ネットワークやシステムというのは,1つの技術ではありませんから,時間的な予測は,なかなか難しいものがありますが,進むべき方向というのは,よく考えていけば,かなり見えると思っています。

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佐藤 健一(さとう・けんいち)

佐藤 健一(さとう・けんいち)

1953年 東京生まれ 1976年 東京大学工学部電子工学科卒 1978年 東京大学大学院工学研究科電子工学専門課程修士課程終了 1978年 日本電信電話公社横須賀電気通信研究所入所 1985年 British Telecom Research Laboratories交換研究員 1999年 NTT未来ねっと研究所フォトニックトランスポートネットワーク研究部部長 2004年 NTT R&Dフェロー 2004年 名古屋大学大学院教授(電子情報システム専攻)
●研究分野 光通信ネットワーク,光ネットワークシステム
●主な活動・受賞歴等
1984年 電子情報通信学会学術奨励賞 1990年 電子情報通信学会論文賞 1999年 IEEE Fellow Award 2000年 平成11年度電子情報通信学会業績賞 2002年 平成14年度文部科学大臣賞(研究功績者) 2003年 電子情報通信学会フェロー 2005年 電子情報通信学会通信ソサイエティ功労顕彰 2007年 電子情報通信学会通信ソサイエティ論文賞 2008年 電子情報通信学会通信ソサイエティ論文賞 2009年 ONDM 2009(The 13th International Conference on Optical Networking Design and Modeling - ONDM 2009)Best Paper Award. 2012年 電子情報通
信学会功績賞 2013年 CLEO-PR & OECC/PS 2013(The 10 th Conference on Lasers and Electro-Optics Pacific Rim, and The 18 th OptoElectronics and Communications Conference/Photonics in Switching 2013), Best Paper Award 2014年 紫綬褒章
IEEEフェロー
電子情報通信学会フェロー
NTTR&Dフェロー

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