ペロブスカイトの成功は人のつながりがなければ成し得なかった桐蔭横浜大学工学部 大学院工学研究科教授 宮坂 力
ペロブスカイト太陽電池はシリコンと戦っていく必要はない
宮坂:ペロブスカイトは光発電する光吸収材料としては,安いコストも含めていいことずくめです。ただ3つ,懸念点があります。
1つめは耐久性です。ただ,この1年ぐらい,耐久性についての研究が進み,論文もたくさん出てきて,耐久性についてはほぼクリアーできそうになってきました。
2つめはなかなか高い性能が再現しない,再現性にクエスチョンが付くことですが,これも,まだ産業に持っていくには問題がありますが,当初懸念されていたよりもかなり安定だということが分かってきています。
すると,懸念点は最後の1つしかありません。それは鉛です。ペロブスカイトに鉛を使うということです。今,海外の学会で,ペロブスカイトの特定セッションシンポジウムができ上がり,立ち見が出るにぎわいで,発表の件数も,ペロブスカイトだけで200件以上ある状況ですが,鉛の有害性について触れる研究者というのはほとんどいません。
というのも,あまりにも性能がいいので,その性能を高めるためにやるべき研究がまだまだたくさんあるからでしょう。
ただ,使用している鉛は微量で,これをクローズドできちんと回収することにできれば使用は問題無いのではないかと考えられています。日本で太陽電池を研究しているメーカーカーからも同様の意見が出ています。
私も分析したことがありますが,カドミウムや水銀は地面にほとんど含まれていません。でも,鉛は土壌の中に十分あり,例えば,家庭菜園で土を掘ったときに,土の粉末が鼻に入れば,ごく微量の鉛が体内に入るわけです。
ちなみに,ペロブスカイトの太陽電池に含まれる鉛は,同じ面積の地面の厚さで1センチに相当します。厚さ1センチの地面の鉛から同じ面積のペロブスカイト電池がつくれます。
これは,非常に安い豊富な資源だといえます。ある意味では使いこなすべき材料だと思っています。
また,ヘンリー・スネイスが言っていましたが,車のバッテリーは鉛電池ですが,あれ1つから,約700平方メートルのペロブスカイト太陽電池がつくれます。車のバッテリーは日常生活の中にある鉛の代表的なものですが,ほとんど100%回収して,鉛が環境に出ないようにしている。同じような形で,完全に回収されればいいと思っています。
今,耐久性がかなり上がってきています。どれぐらいの耐久性かというと,強い光に当てっ放しで温度が60℃ぐらいまで上がった状態で1,000時間ほとんど劣化しません。1,000時間ほとんど劣化しないということは,何十年ももつ可能性があります。最近では,100℃でも安定だというものが出てきています。
それ以上に高い,300℃,400℃では,有機物が中に入っているのでなかなか難しい。こんな温度が太陽電池に必要なのかというと,事故でもない限り,そんな温度にさせないわけです。どんなに考えても,せいぜい60℃ほどなのです。
しかし,今,太陽電池火災が問題になっています。太陽電池の一部が葉っぱなどに覆われて影になると,光が強く当たる部分と影になっている部分で差が付き,影になっている部分に逆電圧がかかり,すごい負荷になって熱が上がる。熱が上がると,電気接点やはんだが溶けて,さらに高い負荷がかかって,それが火災の原因になるというものです。
このような事故を防ぐため,太陽電池には鉛フリーはんだが使いにくい。皆さんの究極の安全を考えると,耐熱性が高いことが必須となりますが,その点では,今商品化しているシリコンなどの太陽電池とまったく同じ扱いにはできません。
シリコンはまだまだ安くなる可能性がありますし,まだまだ進化する可能性があるとおっしゃる先生もいます。ペロブスカイト太陽電池は,それと戦っていく必要はないと思います。シリコンはシリコンで,もう十分コモディティー化していますから,ペロブスカイトはシリコンがどうしても今まで使えなかったところをサポートしていく。そうなってくると,軽量でフレキシブルであることに意味がでてきます。
軽量でフレキシブルになれば,モバイルとか,車搭載とかの用途が考えられますが,そうすると,今度は体に触れる距離になり,また,鉛が問題になってきてしまいます。これがジレンマで,今,私たちは鉛使用量をうんと減らしたもの,あるいは,まったく鉛を使わない新材料の研究を始めています。 ただ,これは非常に難しくて,世界の何人かの研究者が無鉛型に特化して,周期律表を眺めながら,しらみつぶしで新しい元素を試していますが,どれひとつうまくいっていない。みんな言っているのですが,やればやるほど鉛の美しさが分かってくると。あれだけ重たくて,あれだけ軌道がすごくソフトでいい機能を持っているものはないと。
今,最高効率を出しているものでも,鉛の使用量というのは少なくて,1平方メートルでだいたい0.4グラムです。量のイメージとして,マッチ1本の先ほどでしょうか。
信頼できる公的機関や企業が証明書を発行する効率というのが22.1%ほどです。シリコンの置き換えを狙っているCIGS太陽電池,カドテルといわれるCdTe,これと同じ値なのです。CIGSとカドテルは,ずいぶん長い歴史があって,ゆっくりと効率が上がって22.1%に届いたのですけれども,ペロブスカイトは道場破りで,いきなりロケットのように上がって届きましたから,このあとは多分抜くだろうと思います。
カドテルは日本の企業では生産していません。製品の環境問題というよりは,日本の企業では,カドミウムは使えないということです。海外では,実用太陽電池で動いていますが,安価で耐熱性が高く,とても優秀です。鉛の毒性はカドミウムより小さいのですが,ただ,長い間にあまりにもいろいろな問題を起こした歴史があり,法律がきっちりと,デパートのようにできてしまっているのです。
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宮坂 力(みやさか・つとむ)
1976年 早稲田大学理工学部応用化学科卒業 1978年 東京大学大学院工学系研究科工業化学修士課程修了 1980年~1981年 カナダ・ケベック大学大学院生物物理学科客員研究員 1981年 東京大学大学院工学系研究科合成化学博士課程修了 1981年 富士写真フイルム(株)入社,足柄研究所主任研究員を経て2001年より現在桐蔭横浜大学・大学院工学研究科教授この間 2004年~2009年 ペクセル・テクノロジーズ(株)代表取締役(兼務)
2005年~2010年 東京大学大学院総合文化研究科客員教授(兼務)
2006年~2010年 桐蔭横浜大学 大学院工学研究科長
2010年~2013年 桐蔭横浜大学研究推進部長(兼任)
●研究分野
物理化学,電気化学,光電気化学,ナノ材料工学
●主な活動・受賞歴等
2002年 (財)化学技術戦略推進機構「アカデミアショーケース」 2004年 横浜市ベンチャービジネスプラン「アカデミー賞」 2005年 Scientific American 50 selection 2009年 グリーンサステナブルネットワーク文部科学大臣賞 2012年 日本写真学会学術賞