何でもNoと言うNaySayerに負けるな その否定意見を論破できたら成功できる公立諏訪東京理科大学 小林 誠司
産学公連携プロジェクトで山登りの新しい文化を創る
聞き手:現在,公立諏訪東京理科大学特任教授として進めている「スワリカブランド」について,どんな取り組みをされているのか,話していただけますでしょうか。小林:スワリカブランドは,公立諏訪東京理科大学で行っている産学公連携の創業事業です。 公立諏訪東京理科大学は2018年4月より茅野・諏訪地域の6市町村が受け皿となり,公立大学になりました。諏訪地域はものづくり産業が盛んな地域で光学系などの企業も数多くあります。自治体としては,地域の課題解決につながる知の拠点として,地元企業にとっては理系人材の供給先として期待されています。この地にある大学と地元企業とで研究会を組織し,八ヶ岳における登山者の遭難救助などの地域課題に取り組んでいます。私が電気メーカーで携わっていた低消費電力広域のLPWA(Low Power Wide Area)技術を活用しています。
テレビや新聞でもよく登山者の遭難事故が報道されますが,最近の登山者は携帯電話を持っているため,いざとなったら山の上から携帯電話で助けを呼べばいいと気軽に考えている場合もあるそうです。迷子になって,助けてくださいと電話をして,「今,八ヶ岳にいて,下に川が見えます」と説明しても,そういう場所は数多くあり,地元の捜索隊が探しに行くのは大変です。携帯電話を操作すると,GPSの座標を取ることもできますが,滑落して身体が動けない状態になっていた場合,そんな操作はできません。
何よりも山の中では携帯電話の電波が届かないところがありますし,携帯電話は基地局と通信しているので,遠くなればなるほど電波を強くするため,バッテリーの消耗が激しく,使い方によっては2時間くらいでなくなってしまいます。
こうした課題を解決するために開発したのが,小型・軽量の送信機なのです。山に登るときに貸し出しておけば,その人の位置情報をふもとで受診することができます。携帯電話と違って,登山中は自分の位置を見守ってもらい,下山して機器を返却してしまえば,もう本人の位置を特定することができませんので,プライバシーも守られます。
山に登るとき,必ずこの機器を携帯する。まさに,山登りの新しい文化を創りだしたいと期待しています。
35年以上前に発表された光学技術が最先端の無線技術に活きる
聞き手:LPWAというのは具体的にどのような技術なのですか。小林:携帯電話の技術は,世代が変わるごとに短時間で大量のデータを送れるように進歩しています。LPWAはこの真逆で,1回に送れるのはわずか128ビット,アルファベットにすると16文字に過ぎません。それでも,GPSの緯度経度の位置情報を送ることができるので,山の遭難救助などに利用できるのです。また空中線電力が20 mWと低消費電力で,見通し100 km以上の長距離送信,時速100 km以上の高速移動中でも通信可能という特長があります。
私が担当したのは通信方式を決めるところで,『O plus E』2017年9月号に世界で初めて発表させていただき,2018年には通信関係で世界的に権威のあるICC学会(International Conference on Communications)でも発表させていただきました。
公立諏訪東京理科大学とのつながりは,私がこのLPWAの実験を八ヶ岳で行っていたことにあります。8階建ての茅野市役所からは広大な八ヶ岳全体を見渡すことができ,無線通信の拠点として最適でした。そこで市役所の展望フロアや屋上に無線装置を置かせていただいて,登山者が発信する電波を受信する実験をさせてもらいました。この実験を茅野市の方々の協力を得て進めるうちに,この技術を活用してスワリカブランドを立ち上げようという話になりました。公立諏訪東京理科大学は,この茅野市にある理系の単科大学です。
低消費電力で長距離通信を実現しようとすると,さまざまな無線設備からの混信を受けるという課題があります。その課題を解決するために,受信側でいろいろな工夫を入れているのですが,その1つに信号をフーリエ変換して位相情報を取り出し,補正するしかけを取り入れています。このおかげで混信の多い都市部でも長距離通信ができますし,高速で移動しながらでも通信ができるようになっています。この方式をどこから見出したかというと,実は1981年に電気通信大学の武田光夫先生が最初に発表し,当時の大学院生の稲秀樹さんと,後に私が研究を引き継いで携わった縞解析手法を使ったモアレ縞や光学干渉縞の位相検出技術として開発された手法なのです。光の干渉縞から,フーリエ変換で位相情報を取り出そうという発想は画期的で,この論文はさまざまな賞を受賞し,光学関係の論文引用数は世界でもトップクラスに入っています。現在では,さまざまな場所でフーリエ変換が無線の受信に使われていますが,同じことを35年以上前にやっていました。しかも,それは通信とは異分野の光学技術だったのです。
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小林 誠司(こばやし・せいじ)
1958年生まれ 1983年 電気通信大学大学院 1983年 大手電気メーカー入社 1989年 カリフォルニア工科大学留学 2018年 公立諏訪東京理科大学特任教授●研究分野
情報理論,光学技術,ディジタル・アナログ回路
●主な活動・受賞歴等
産学公連携「スワリカブランド」創造事業プロジェクトリーダー