制約のないものはない。 制約を楽しむ気持ちを持ち,最適化を求め過ぎず,スピードを大切にして欲しい東京大学大学院 廣瀬 通孝
適材適所を見極めるためにもVRの技術は有効に使える
聞き手:もともとVRを使っていなかった頃は,訓練や教育はOJTで人から人に自分が学んだことを教えていました。VRを使う良さはどこにあるのでしょうか?廣瀬:それはいくつもあります。まず,1つ目としてOJTは手間がかかります。ですから,一般的な企業の教育では,座学を中心にして,最後に実習研修のような形でOJTを入れています。しかし,それには問題点があります。例えば,鳶のスキル伝達を考えてみましょう。座学でとても良い成績をおさめた人間がいたとします。でも,その人が実際に実習をやる段階になったら,実は高所恐怖症だったということがよくあるそうです。もともと,鳶には向かない人だったのです。お医者さんになろうとした人でも血がダメな人がいます。適材適所という言葉があるように,最初にその人にとって本当に合っているのか見極めることは大切です。論理的に考えられる適性と,もっと資質的な適性の両方を並べてみることが重要で,それは職種によっても求めるものが違うので,体験ベースの方が見つけやすいです。教育訓練では,身体的なものや暗黙知的なものが重要で,最初に見つけることが効率化や教育コストの低減にもつながるのです。
こういった方法論の先輩格として,パイロットの養成があります。航空会社ではこれまで何十億円もするフライトシミュレーターを使い訓練をしてきました。パイロットを1人養成するのに1億円かかると言われていますが,航空会社はそれでも採算が取れるようです。しかし,最近のVRシステムは,第1世代に比べ2桁から3桁くらい安くなってきており,システムを何十万円という価格で作ることができるようになりました。一般の企業では1人に1億円はかけられませんが,何十万円で訓練できるなら,VRを使う企業が増えるでしょう。
2つ目として,実訓練ではちゃんとやっているかを見るために,マンツーマンでやらなければならず人手がかかります。VRならインタラクティブなことをやろうとしたときにも,HMD(ヘッドマウンテッドディスプレイ)をかけてコンピューターを介して行うので,何がどう動いたかを全部コンピューターで記録できます。窓口サービスの場合には,お客様とちゃんと目を合わせながら対応しているか,視線がどこを向いているかが重要になります。HMDはディスプレイだと思われていることがありますが,最近のHMDはセンサーの塊です。ヘッドトラッキングセンサーがついていて,頭をどう動かしたかがわかりますし,アイトラッカーで目がどのように動いているかもわかります。最近は,顔の緊張や脈拍などもわかります。このセンサーを用いて集められたデータを分析することによって,訓練の可能性がいろいろ広がっているのです。
3つ目としては,再現力です。訓練では,ここで間違いをしたからだめだったということが多々あります。シミュレーションのいいところは,間違いをしたところからやり直せることです。特に,その状態が二度と再現できないようなレアケースも,バーチャルなら再現できるのです。
4つ目は,視点を変えられることです。サービスなどで非常に重要だと言われているのですが,例えば航空会社のCA(客室乗務員)の訓練では,自分がどう見えているか客観視するのはとても難しいのではないでしょうか。しかし,VRなら視点変換が極めて楽にできるので,航空会社では,CAや窓口の訓練にVRの活用を広げようとしています。
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廣瀬 通孝(ひろせ・みちたか)
1977年 東京大学工学部産業機械工学科卒業 1979年 同大学大学院修士課程修了 1982年 同大学大学院博士課程修了 同年 東京大学工学部産業機械工学科専任講師 1983年 同大学助教授 1999年 同大学大学院工学系研究科機械情報工学専攻教授 同年 同大学先端科学技術研究センター教授 2006年 同大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻教授,現在に至る。●研究分野
システム工学,ヒューマンインターフェイス,バーチャルリアリティ
●主な活動・受賞歴等
日本バーチャルリアリティ学会特別顧問 東京テクノフォーラムゴールドメダル賞,電気通信普及財団賞などを授賞。主な著書は,『技術はどこまで人間に近づくか』(PHP研究所),『バーチャル・リアリティー』(産業図書),『バーチャルリアリティー』(オーム社),『電脳都市の誕生』(PHP研究所)など。