制約のないものはない。 制約を楽しむ気持ちを持ち,最適化を求め過ぎず,スピードを大切にして欲しい東京大学大学院 廣瀬 通孝
旧態依然とした実験室から人を招き入れるリビングラボへ
廣瀬:近代以降,大学の中に研究を試す場として実験室が設けられましたが,こういう昔のままの実験室でいいのかが,まさに今,VR研究などで問われているところでしょう。VRに関しては,人間を対象とする実験が必要です。社会の中に装着された形で,どうやって技術を検証していくかという時代になってきているのです。そういう意味で,新しいスタイルのラボが求められているというわけです。最近は,リビングラボという概念が盛んに言われてきています。大学の中に一般の人たちを招き入れるしかけを作るのです。研究者から見ると,一般の人たちは被験者なのです。企業で言うアンテナショップみたいなものです。アンテナショップは,企業にとっては来場者が何をするか試す場でもあります。
これまでの実験室は,外部の人たちが入るのを前提としていない構造になっています。そうした在り方を変え,今われわれは,VRセンターでワークショップをやったり,企業の人たちのデモンストレーションやギャラリーにしたりすることを考えています。
人を招き入れるのがリビングラボです。“招き入れる研究”と言っていますが,実験室にその技術に直接関係するような外部の人を入れて,いろいろな意見を聞く,オンキャンパスということです。逆に,博物館などはフィールドラボといって,オフキャンパスになります。それらをうまく有機的につなげるのが,これからの重要なテーマです。
VR教育研究センターで1つの作業仮説として考え始めているのが,冒頭に申し上げたように,VRの応用として教育訓練に特化するということです。第1世代のVRは製造業のVRでした。ものづくりの分野で,CADの延長上がVRだったわけです。例えば,カメラを作りたいときに,カメラの使い勝手をバーチャル・プロダクトを作って試しています。しかし,それはもう行きつくところに行ってしまっているので,それがある種の閉そく状態を生んだわけです。
今日,産業界として見ると,サービス業のほうが元気がいいのではないでしょうか。もちろん,効率化が遅れている,など,問題も山積みです。だからこそ,おもしろいとも言えます。先に申し上げたように,VR教育研究センターでもサービスVR寄付講座をつくり,サービス業を中心とした新しい研究領域を求め始めているわけです。
一方,今,テクノロジーは製造業にあります。理系の拠点は製造業にあり,理系的知恵は製造業に集まっています。ですから,サービス業の理系化が重要になっているのです。グーグルやフェイスブックは新しいタイプのサービス産業です。ものをつくっているわけではなく,形のないものを売っています。しかし,それを従来型のサービス業にいきなりやれと言ってもテクノロジーがありません。ですから,重要なのがテクノロジーの転移なのです。
製造業からサービス業へという流れの中で,新しいサービス業とは何かをきちんと考える必要があります。こういう分野こそVRの技術の投入のしがいがあるというわけです。
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廣瀬 通孝(ひろせ・みちたか)
1977年 東京大学工学部産業機械工学科卒業 1979年 同大学大学院修士課程修了 1982年 同大学大学院博士課程修了 同年 東京大学工学部産業機械工学科専任講師 1983年 同大学助教授 1999年 同大学大学院工学系研究科機械情報工学専攻教授 同年 同大学先端科学技術研究センター教授 2006年 同大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻教授,現在に至る。●研究分野
システム工学,ヒューマンインターフェイス,バーチャルリアリティ
●主な活動・受賞歴等
日本バーチャルリアリティ学会特別顧問 東京テクノフォーラムゴールドメダル賞,電気通信普及財団賞などを授賞。主な著書は,『技術はどこまで人間に近づくか』(PHP研究所),『バーチャル・リアリティー』(産業図書),『バーチャルリアリティー』(オーム社),『電脳都市の誕生』(PHP研究所)など。