いかに自分を納得させ進めるかが重要 自分が納得できないものには人はついてこない藤原 義久
ロボットの進化に貢献するニコンのアブソリュートエンコーダー
聞き手:藤原様は,ニコンのアブソリュートエンコーダーですばらしい成果を挙げられたと伺っております。どのようなところから開発を始められたのでしょうか。藤原:ニコンでエンコーダーの開発が始まったのは,私が入社した年の1970年でした。当初は大型で,アメリカから技術を導入してNC用のロータリーエンコーダーをつくっていました。ですから,今では50年の歴史を持っていることになります。
銀行の端末機では,何番地にどんな情報が書き込まれているかを,エンコーダーで番地を検出していました。それは,エンコーダーの知識があったわけではなく,言ってみればアブソリュートエンコーダーで200番地くらいまで番地を指定できるようにしていたので,それを知っていたエンコーダーの部門の人が,エンコーダ部門でできるのではないかということでエンコーダ部門に異動になったのです。
エンコーダーは,水平移動や回転する様々な機器の,移動方向や移動量,角度を検出するために用いられます。直線方向の位置変位を検出するものをリニアエンコーダー,回転方向の位置変位を検出するものをロータリーエンコーダーと言います。工作機器などでは,加工するときにものを載せて移動させますが,リニアエンコーダーはそのときの位置を,千分の1 mmや1万分の1 mm単位で読み取ります。ロータリーエンコーダーでは当時,一番分解能の高いものは1秒読みと呼ばれていて,東京から富士山までの距離を約100 kmとすると,そこで約50 cmを作る角度です。その後,私がいたときに, さらに10分の1にした0.1秒読みも開発されました。
当時,ニコンでは,まだアブソリュートエンコーダーの開発はされていませんでした。一般的なエンコーダーは,電源を入れた際に位置情報が得られず,動いてはじめて位置情報がわかります。これを,インクリメンタルエンコーダーと言います。一方,アブソリュートエンコーダーは,絶対値エンコーダーと呼ばれ,電源を入れた時点で現在の絶対位置情報がわかります。これからの製造現場では,産業用ロボットが主流になり,そのためには,例えばロボットのアームが現在どの位置にいて,どの方向に動かせばいいのかが,スイッチを入れた瞬間にわかり制御できるアブソリュートエンコーダーが必要とされると考えていました。
ですから,エンコーダーの部門に移った時から,いずれはアブソリュートエンコーダーをやりたいと思っていたのですが,なかなか機会に恵まれませんでした。1987年から3年間ほどエンコーダーの販売に移っていたのですが,その頃,ニコンの研究所で磁気式エンコーダーを研究していた人たちと一緒に,アブソリュートエンコーダーの研究が始まり,今ニコンがやっているアブソリュートエンコーダーのもとがつくられました。
従来のアブソリュートエンコーダーは,12ビットなら内側から1ビット目,2ビット目というように12トラックあります。一般的な,グレイコードパターンと呼ばれるもので,小型化・高信頼性という面で課題がありました。そこで,ニコンが開発したのが,「M系列」パターンと呼ばれるものです。これは1周に,例えば8ビットすなわち512番地が存在し,隣りあう8ビットのどれひとつとっても同じパターンがないため,絶対位置を把握できるのです。グレイコードパターンでは不可能だった小型化・高性能性を実現できます。「M系列」は世界中で多くの特許を取っており,他社で真似のできない技術となりました。
実際に,自動車会社の産業用ロボットに導入されたところ故障率が格段に下がりました。自動車の生産ラインでは,ロボットに不具合が起きるたびにラインを止めて修理しなければならず,大きな損失が発生します。これが防げるので,年々導入が増えていきました。当初は,年間1~2万台の導入でしたが,現在では年間100万台を超えるまでになっており,産業用ロボットの6割以上が,ニコンのアブソリュートエンコーダーで制御されています。
(左側の図のキャプション)ニコンM系列パターン
(右側の図のキャプション)一般的グレイコードパターン
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藤原 義久(ふじわら・よしひさ)
1970年 山梨大学工学部精密工学科卒業 1970年 日本光学工業株式会社(現:株式会社ニコン)機器事業部入社 1980年 ニコン労働組合 専従 書記長 1985年 同光機事業部エンコーダグループ マネジャー 1997年 仙台ニコン取締役 2004年 ニコンロジスティクス取締役社長 2006年 ニコンビジョン取締役社長 2010年 退職●主な活動・受賞歴等
産業技術総合研究所・角度トレーサビリティー委員会
産業技術総合研究所・長さトレーサビリティー委員会