技術はもっているだけでは価値はなく,競争力にしっかり結びつけないといけないミノル国際特許事務所 安彦 元
経営の本質を理解するため大学院に再入学しMOTを取得
聞き手:仕事をしていくなかで,苦労されたエピソードはありますか。そして,その困難をどのように乗り越えられたのでしょうか。安彦:特許事務所の仕事を続けていくうちに,自分の中にいろいろな疑問が出てくるようになりました。私たちはお客様から依頼を受けて,特許明細書を作っているわけですが,果たして取得した特許がお客様のビジネスに結びついて活用され,強化されているのか。もちろん,役に立っている特許もあると思いますが,そうではない特許もあるのではないか。特許というのは,特許査定を勝ち取ったからそれで終わりではありません。特許を取るお手伝いだけでなく,それによってビジネスが強化され,収益につながり,会社の発展につながってこそ成功なのです。
そうしたことで,弁理士になってからも,またモヤモヤとした思いをもっていたのですが,その理由は何かと考えていくと,私自身がお客様の特許出願の代理人として,本来特許で強化すべきお客様のビジネスをしっかりと理解できていないことにありました。お客様のビジネスを理解するとともに,ビジネスのコンセプトやビジネスモデルといった経営全般の知識やマーケティング,そしてお客様がどのようにイノベーションを起こして自分たちの経営を強化するかというイノベーション経営の本質を理解できなければいい特許はできません。
そこで,当時,MOT(Management of Technology:技術経営)に関する博士課程コースがある大学が新設されたこともあり,仕事の傍ら3年間勉強させていただき,2008年に技術経営の博士号を取得しました。その3年間の研究と勉強は今の仕事にもつながっていますし,研究成果の一部は市販の特許分析ツールに組み込むことができ,実社会での活用につながっています。また,上述した『人工知能 特許分析 2019』(日経BP)や,新刊の『競争力が持続する戦略』(日経BP)を執筆する上でも大いに役に立ちました。
博士課程を出た後に,上述したように事務所を引き継いだわけですが,私自身が経営者となり,いろいろな面で苦労をしました。仕事が来ないときには自分で営業に出たこともありました。しかし,そのおかげで良い出会いがあり,今もそうした方々と仕事ができているのは幸いですが,自分のスキルを高めるだけでなく,会社としてもお客様の特許の申請代理に加えて,イノベーション経営や知財のコンサルティングという面を強化して,ビジネスの幅を広げたいと思いました。そこで,2018年にイノベーションIP・コンサルティングという会社を創り,ビジネス,イノベーション,知的財産(IP)を一気通貫でサポートする仕組みを作りました。ここでも,これまでの業務やMOTで学んだ経験が活かされています。
講演にて
差別化された提供価値を作ることが大事
聞き手:現在,先生はどのようなことを大事にされ,仕事をされているのですか。安彦:まず何よりも大事にしなくてはいけないのは,お客様にとって何が一番重要かというということです。特許においても,特許を取ることが重要なのではなく,それによってどれだけ会社の売上や伸びにつなげていくかが大事になります。特に,中小企業の社長さんは,売上を伸ばす,あるいは利益を上げるにはどうすればいいかを非常に気にします。それには,もちろんコストを削減するのもありますが,私としては差別化された提供価値を作ることが大事だと考えています。自社の強み,技術の強みを,しっかりと差別化された提供価値につなげることができれば,売上や利益につながります。
そのためには,技術の棚卸しが必要ですし,場合によってはオープンイノベーションで,自社の技術と他社の技術を合わせる,あるいは産官学で連携することで提供価値を作っていくことも必要になります。そういったイノベーション経営に関する様々なサポートが求められるのです。大手企業の場合には,イノベーション経営や知財経営を担う専門の部門がありますが,中小企業ではなかなかそこまで手が回らず,そういった部門を作れなかったり,専門のスキルをもっている人材を雇う余裕がなかったりします。そこで,そうした企業に対して,専門の人材を採用するよりもリーズナブルなコストで,われわれのところにアウトソーシングしてもらい,差別化された提供価値を一緒に作っていくことを行っています。
イノベーション経営を進めるためには,新しい技術を考えなければなりません。技術を考えれば,新しい発明が生まれ,それが特許になります。特許というのは独占排他権ですから,20年間に渡って独占できるわけです。その独占権を自社のビジネスにパッケージすることで,他社にはない1つの大きな強みが生まれます。差別化された提供価値と,それによって得られる独占権をワンセットにしてビジネスを強化していくのです。何も考えずにただ特許だけ出して満足していては,イノベーション経営と特許が乖離してしまいます。そういった例が多いのです。それを一気通貫でつなげてあげることが,私自身の大きな使命だと考えています。
今,企業の知財戦略に対する意識が高まってきていますが,思っているほどできていない経営者の方もいらっしゃいます。日本の中小企業には,世界的に見てもすごい技術をもっているところがたくさんあります。そこで特許を取得したり,ブラッシュアップしたりして,提供価値を差別化するような流れを作ってあげればもっとうまくいく事例が多くあるのです。日本の中小企業をどれだけ強くできるかが,今後の日本全体の競争力にもつながってきます。技術をもっているだけでは価値はなく,その技術をしっかりと競争力に結びつけなくては意味がありません。特許はそのための武器であり,われわれ自身がその会社の中にまで入り込んで,一緒に考え,サポートをしていければと思っています。
事務所にて 写真左:アドバンストストラテジーパートナーズ(株) 美齊津氏と
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安彦 元(あびこ・げん)
1997年 東京工業大学大学院総合理工学研究科(材料科学)卒業2001年 弁理士登録
2008年 博士(技術経営)・東京工業大学
2012年 ミノル国際特許事務所所長
2018年 イノベーションIP・コンサルティング(株)設立
●専門分野
知的財産法,イノベーションマネジメント
●主な活動・受賞歴等
平成22年度第3回TEPIA会長賞
●著書
『知的財産イノベーション研究の展望』,白桃書房(2014)
『人工知能 特許分析 2019』,日経BP(2019)
『競争力が持続する戦略』,日経BP(2020)