【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

何をしたら自分が活かせるかということを常に考え,行動することが大切東京大学 高増 潔

企業での共同研究では両者に大きなギャップがある

聞き手:高増先生は,大学での研究や学生への指導,学会の運営など様々な活動をされてきていますが,その中で苦労されたエピソードなどございましたらお話しいただけますでしょうか。そして,その困難をどのようにして乗り越えられたのでしょうか。

高増:精密計測の分野でも,企業との共同研究はかなりたくさんやっており,企業にとって何らかの役には立っているとは思いますが,実用的な研究成果として産業で使えるようになるかというと難しい点があります。企業と共同で研究開発を行い,特許を出し,いくつか実用化された例もありますが,なかなか継続しません。企業側としては,製品化できる実用的なものを開発して欲しいという思いがあります。しかし,大学側としては,新しいものでなければやる意味がありません。私のところにもこういうものを測定して欲しいという依頼が時々来ますが,残念ながらたいていお断りしています。新しい測定の技術を創るというのならいいのですが,従来の技術で測定できることは,どこかの会社に頼んで測ってもらえばいいということになります。そういう意味では,測定の専門家でないほうがまじめに取り組んでいるかもしれません。測定ができないと加工ができない,測定ができないと制御できないとなれば一生懸命やらざるを得ません。
 本当はベンチャーみたいな形でやるのがいいのでしょうが,成功するのはすごく難しいです。薬や材料などでは基本特許をもっていれば比較的うまくいきますが,エンジニアリングでは,基本特許的なものを取っていても,周りの特許を固めないと本質的には意味がないのです。私たちもいくつか特許を取りましたが,大学ではそこまではできません。さらに,新しい測定機をつくろうとすると,使う材料がすべて環境に配慮があるか,10年後もちゃんと動くかといったことも保証しなくてはなりません。様々な法律的な知識も必要ですが,私たちにはそういった知識はありません。研究で論文を書く場合,極論すれば1回でもいいデータが取れれば,それだけでもすごくいい論文が書けることがあります。しかし,製品ではそうはいきません。そのギャップはすごく大きいですね。アメリカやヨーロッパでは,小さなベンチャー的な企業でいくつもいい会社がありますが,日本ではなかなかできません。それは,1つは国のサポートの在り方が違う点にあります。
 その点,中国はすごいですね。例えば,中国の精華大学には敷地の隣りには大きなビルがあって,そこにベンチャーのための設備があります。大学が場所の提供をはじめ,経理のわかる人や法律のわかる人の斡旋まで,何から何までサポートしてくれます。日本ではベンチャーをつくるのは昔より楽になりましたが,一度人を雇ってしまうとその人の家族もいるので,アメリカのようにドライに売却することが難しいという面もあります。

ASPEN2019(松江)にて


大学を退官後,HP上に「Takamasu Lab」を立ち上げる

聞き手:2020年に東京大学を退官された後,現在,どのような活動をされていらっしゃるのでしょうか。

高増:今は,先ほどお話をした精密工学会の会長のほかに,東京精密という計測の会社の社外取締役として技術的な面などを見ています。また,公益財団法人精密測定技術振興財団の常務理事をしています。ここは,企業の株を持っていて,その収益をもとに研究者に研究の助成や,国際会議の参加の助成をしています。年間1億円くらいの補助をしており,研究補助では200~250万円の補助を40人くらいの方に行っています。また,別の測定機の会社でも財団をもっており,そこでも助成の審査に関わっています。
 それ以外で一番大きいのは標準関係の仕事です。JISなどの規格に関する日本規格協会の関係の仕事で,国際規格のISOの日本側のある分野の代表をしていて,その関係でいろいろな会議に出席しています。ISOに対して日本から意見を言ったり,日本の規格化などに携わったりしています。ISOでは,3次元測定機の規格があり,3次元測定機をどうやって精度評価するかに関係しています。もともとは機械的な3次元測定機が主流だったのですが,最近は光を使った非接触の測定の精度評価など,X線CTの規格作りなども行っています。
 以上のことが忙しくて,今現在は,研究はお休み中です。本当は教育的なことをやりたいと思っています。イギリスの研究者の本に,「精密工学というのは再発見の繰り返しだ」と書かれていました。精密工学というのは体系化されていないので,知識を得るのが難しいのです。物理や数学なら教科書を読めばわかりますが,精密工学の場合はそういうことにはなりません。大事なのは歴史を勉強することです。昔はできなくても今はできるようになったことはたくさんあります。それは,コンピューターの計算速度が速くなったのもありますし,画像などもいい素子が出てきましたし,AIなどの進化もあります。精密工学は,論理体系があいまいですから,それについては教育を含めしっかりやりたいと思い,2020年に東京大学を定年退官した後,ホームページ上で「Takamasu Lab(高増計測工学研究所)」を立ち上げました。そこで,大学での論文や講義データなどを公開しようと思っています。もちろん,学会活動もその1つで,学会活動によって,いろいろな世代の先生が議論する場ができるわけですから,それは重要だと思っています。それから,Takamasu Labでは,日本のものづくりを支援できるようなコンサルティング的なこともしていきたいと考えています。また,ホームページ上では,趣味の独楽のコレクションのデータも随時追加しています。私は昔からメカニカルパズルが好きで,独楽は700個ほど集めています。

独楽のコレクションの一部


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高増 潔

高増 潔(たかます・きよし)

1982年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻 博士課程修了(工学博士) 1982年 東京大学工学部精密機械工学科 助手 1985年 東京電機大学工学部精密機械工学科 講師 1987年 東京電機大学工学部精密機械工学科 助教授 1990~1991年 英国ウォーリック大学 客員研究員 1993年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻 助教授 2001年 東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻 教授 2020年 東京大学 定年退職 2020年 東京大学名誉教授
●研究分野
精密測定,三次元計測,光計測,ナノメートル計測
●主な活動・受賞歴等
2004年 精密工学会高城賞 2007年 精密工学会論文賞 2007年 ISO/TC213国内委員会委員長(~現在) 2008年 精密工学会論文賞 2009年 精密工学会論文賞 2012年 精密工学会沼田記念論文賞 2013年 精密工学会フェロー 2016年 工業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 2019年 精密工学会論文賞 2019年 精密工学会賞 2020年 精密工学会 会長(~現在)
2020年 精密測定技術振興財団 常務理事(~現在)2020年 東京精密 社外取締役(~現在)

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