【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

若いうちに成果を出すことばかりを考え,焦りすぎないこと,自分を見失わないこと東京工業大学 宮本 智之

光無線給電で電気を気にしない社会が実現する

聞き手:VCSELの研究から,どういう経緯で光無線給電の研究に転換されたのでしょうか。

宮本:光を使った給電の話は,学生のときから噂では聞いていましたが,正直に言えば興味はもっていませんでした。伊賀先生の研究室としても通信をメインで考えていましたので,給電に転換するとはまったく思っていませんでした。それが,2014年にある企業で太陽電池を研究していた方から,レーザーと太陽電池を使って無線給電はできないだろうかという話が寄せられたのです。その方は,私が修士の学生のときに,面発光レーザーを学ぶために研究員として企業から来ており,当時一緒に研究していた方でした。私はそれを聞いて光無線給電はこれからいろいろなところに使えるのではないかと感じました。それで,光無線給電の研究に転換しました。

聞き手:光無線給電の将来的なイメージをどのように描いているのですか。

宮本:私は,光無線給電は,1990年代後半にインターネットが出てきたのと同じくらいのインパクトを社会に与えるものになると思っています。ありとあらゆる電気製品に使え,今,電気を使っていないようなものにも電気を供給できます。かなり広範囲に影響を与え,生活,文化,世の中のしくみのかなりの部分を置き換えるかもしれないという希望をもっています。
 家庭の,部屋の中でいえば,今はコンセントから線が伸びていますが,それが全部なくなります。スマホで電磁誘導という方式で無線充電の装置はありますが,その場所に置かなくてはなりません。それが,部屋のどこでもいろいろなタイミングで充電ができるようになって,つまりいちいち充電する必要がなくなります。なので,バッテリーもいらなくなるかもしれません。製品を買ってきて箱を開けたら充電をしなくてもすぐに使え,1回も充電を気にせず,電池を入れ替えることもなく,製品が壊れるまで使えるようになるのです。ですから,学生にもよく言うのですが,無線給電が普及してから生まれてきた人たちは,「電気ってなに?」という質問が出てくるくらい,電気に関わることがなくなるでしょう。現在も,スマホでは通話もインターネットもできますが,そこでは通信のしくみを知らなくても使っています。それと同じです。今,自動車は電気自動車に変わろうとしていますが,問題はバッテリーです。バッテリーはガソリンよりもエネルギーの密度が低いので,大きなバッテリーを積まないと長距離を走れません。しかし,大きなバッテリーを積むと,ものすごく重くなってしまいます。電気自動車の値段の3分の1はバッテリーの値段です。距離が走れず,重いし,充電時間がかかり,お金もかかるなど,バッテリーには多くの課題があります。バッテリーを積むのをやめて,道路の街灯からビームで給電すればずっと走れるような状態が作り出せるのが理想的な社会です。

光無線給電検討会を立ち上げ,普及に取り組む

聞き手:現在,光無線給電の普及に向けてどのような取り組みをされているのでしょうか。

宮本:今,私は光無線給電の研究をしていますが,私がいい研究をすればいいという形では進めていません。光無線給電はさまざまな場所で使え,家電からロボット,電気自動車,ドローン,医療機器,産業機器など応用範囲は幅広い分野に渡っています。そうすると,私が全部やることはあり得ませんし,多くの人が関わってくれないと普及はできません。研究だけに注目すると,誰かがやっているのを見ると,あの人がやっているから私はやれない,やるべきではないと考えがちです。同じことをやってはいけないというのが研究者の考え方だからです。そうなると,研究がすごく狭くなってしまうのです。面発光レーザーも伊賀先生,東工大が発祥の地ですから,日本の大学では東工大でしか研究がされてきませんでした。ですが,多くの人がやらないと,アイデアも出て来ないし,技術が広く伝わりません。やはり,裾野は広くないといけません。しかも,中心だけが尖っている富士山型はなく,いろいろなところが尖っている山脈型になっていないと,広い分野として大成しないと思っています。
 ですから,今,光無線給電に関しては,私的なグループとして光無線給電検討会を立ち上げています。光無線給電の場合は,どのように使うか,どういうシステムを組むかということが重要なのですが,ちょうど当てはまる学会がないのです。後々はコンソーシアムのように公式な運営をするべきだとは思っていますが,現在は皆さんに集まっていただくために,会費も取らず,ボランティアで運営しています。事業を考えていなくても,参加して情報収集をしていただけるので,多くの組織に関わっていただいています。光無線給電は世界的に見ても研究している方が少なく,仲間がいないのです。
 2019年には,光無線給電と光ファイバー給電の国際会議OWPTを開催しました。結果的には多くの方々に参加していただき,参加した人たちからよくこういう国際会議を作ってくれたと言ってもらえました。その後,毎年国際会議を開催しています。国内のみの検討会は委員となっている方が80名以上いる状況です。日本は,無線給電のキーデバイスであるレーザーや太陽電池の強みがもともとあり,技術の蓄積がありますし,応用側の電気製品なども得意分野ですので,実際に動き始めると強いのではないかと思っています。
 ただし,世の中一般に光無線給電を浸透させていくという意味では,「光無線給電」の言葉さえも聞いたことがない人が大部分であるのが現状です。これからもっともっといろいろな人に知ってもらわなくてはなりません。安全面での課題はありますが,これは技術でかなりカバーできると思います。もちろん,最終的には法律的なものも必要になるでしょう。光無線給電のことをもっと多くの人に知ってもらえれば,水中から宇宙までありとあらゆるところで使うアイデアがたくさん出てくるのではないかと期待しています。

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宮本 智之

宮本 智之(みやもと・ともゆき)

1996年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 博士課程修了
1996年 東京工業大学 精密工学研究所 助手
1998年 東京工業大学 量子効果エレクトロニクス研究センター 講師
2000年 東京工業大学 精密工学研究所 准教授
2004~2006年 文部科学省 研究振興局基礎基盤研究課材料開発推進室 学術調査官(兼務)
2016年 東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 准教授
●専門分野
光無線給電,光エレクトロニクス,半導体光デバイス

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