【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

できない技術はない。必ずできるという強い信念をもって取り組む姿勢が大事九州大学大学院 安達 千波矢

ベンチャーを立ち上げ,メーカーと開発を進める

聞き手:開発されたTADF材料を使った有機ELの実用化は進んでいるのですか。課題はありますか。

安達:黄色の素子は台湾の会社から実用化になっていますし,緑はほぼ完成し,赤はそこそこですが,青がまだ少し時間がかかりそうです。ただし,実用レベルには来ていますので,Kyuluxというベンチャーを立ち上げ,そこで今いろんなパネルメーカーと一緒に開発をしています。やはり耐久性は課題で,まったく劣化しない素子を作るところにはまだいたっていません。
 これは,痛しかゆしのところがあります。100%の発光効率を実現するためには,どうしても三重項励起状態を作らざるを得ないのです。有機物質のなかには,一重項と三重項という2つの励起状態があり,電子を再結合させると25%が一重項励起子で,75%が三重項励起子という状態になります。一重項からの発光は蛍光です。ですから,蛍光分子を使う場合,25%しか内部効率が出ないので,効率よく光らせようとすると三重項励起子を発光させる必要があります。フォレスト先生の技術は,ダイレクトに三重項励起子から発光させる方法です。それに対して,三重項励起子を一重項励起状態に熱で持ち上げてアップコンバージョンし,一重項励起状態から100%の効率で光らせるのがわれわれのTADFの技術になります。どちらにしても三重項励起状態を経由することになります。一重項励起状態は大体ナノセカンドで元の基底状態に戻りますが,三重項励起状態はマイクロセカンドぐらいの寿命があり,約1万倍長く励起状態に止まっています。長く励起状態にいるということは,ごく微量でも水や酸素があると劣化しやすくなります。
 1980年代後半に私が最初に作った有機EL素子は2~3分しかもちませんでした。最初はわからなかったのですが,その後,水や酸素を徹底的に除去することが大事だとわかってきました。有機物質でいろいろな素子を作っても,どこかで水や酸素に触れる場面があり,それが膜の中にあると,分子の酸化や水の電気分解が起き,劣化の原因になっていたのです。無機デバイスの場合は500~1,000度という高温プロセスを使い素子を作りますので,水や酸素には触れませんが,有機ELは50~100度の低温プロセスでやらなければなりません。エネルギーを使わないので環境に優しいというメリットはあるのですが,逆に水や酸素が入り込んでしまうのです。
 そこで,成膜するときにはグローボックス(封止装置)で,水や酸素がまったくない状態で素子を封止し,完全に水や酸素に触れない状態にすると,耐久性が伸びていきました。水や酸素がある状態とない状態とでは,有機物はまったく別物のようにふるまうのです。それがわかってきたのは1995年から2000年ぐらいにかけてで,そこから使えそうだと企業の方々の関心も急に高まってきました。そして,徐々に細かいことがわかってきて,耐久性が上がっていきました。今も劣化のメカニズムを一つひとつ見つけ,解決し,耐久性を上げる取り組みを続けているところです。

有機 EL 成膜を行うためのクリーンルーム設備

人と話すことで突破口が開ける

聞き手:研究をされてきた中で苦労されたエピソードがありましたらお聞かせいただけますか。また,その困難をどのようにして乗り越えられたのでしょうか。

安達:困難は数々あり,時間的には95%はうまくいかない期間で,ずっと悩み続けている感じでした。それでも,2年間かけて新しい電子材料を見つけましたが,どんな研究でも最後は突き抜けて,トンネルを抜ける瞬間はあるものです。そのときは,メチャクチャ嬉しいです。でも,トンネルを抜けてしまうと,また新たなテーマが出てきます。研究者というのは変なもので,一つの山に登ったらもうその瞬間に,次の山に登りたいと思うのです。ですから,嬉しさというのは半日も続かないです。2~3時間経ったらもう次のことを考え始めています。
 研究過程の7割,8割はうまくいかないことの連続ですから,そのときには1人で閉じこもっているのではなく,いろいろな人と話すことがポイントです。積極的に学会に行って話したり,全然違う分野の人と話したりすると,接点が出てくるものです。研究者は自分だけでやったような気になっていますが,意外と人と話している間に,自分の考えが間違っているとか,自分の考えている以上の意外なヒントや見方を得られたりすることがあるのです。例えば,欧米の人は,頻繁にコーヒータイムを取りますが,そのときに自分の研究とは違う人たちとよく話をしています。どうでもいい話を含めていろいろ話をするなかで,ヒントを得ています。私は,欧米の底力はそこにあるのではないかと思っています。
 欧米の研究室にいると,だいたい一生懸命実験をしているのは,日本人や中国人,韓国人などのアジア人です。欧米の人たちは,コーヒーを飲んで遊んでいます。しかし,それは遊んでいるわけではなくて,コーヒーを飲んで考えているのです。そういうことに気がついたのです。欧米の研究者は,実験はミニマムで,暇さえあれば話しています。1回しか実験をせずに,こんなデータでそこまで言えるのかという感じに思うときもあります。一方,アジアの人は実験ばっかりしていて,たまに話をするという感じです。ですから,アジアの人たちは再現性の実験ばかりして疲れ果ててしまい,きれいなデータは取れているのですが,その解釈が甘いところがあります。私はその違いをすごく面白いと感じました。ですから,アジア人のように実験をして,欧米の人たちのように行き詰まったら話をする両方が大事だと考えています。

有機発光材料を合成するためのドラフト設備


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安達 千波矢

安達 千波矢(あだち・ちはや)

1991年 九州大学大学院総合理工学研究科材料開発工学専攻博士課程修了(工学博士) 1991年 株式会社リコー化成品技術研究所研究員 1996年 信州大学繊維学部機能高分子学科助手 1999年 プリンストン大学Center for Photonics and Optoelectronic Materials研究員 2001年 千歳科学技術大学光科学部物質光科学科 助教授 2004年 千歳科学技術大学光科学部物質光科学科教授 2005年 九州大学未来化学創造センター教授 2010年 九州大学応用化学部門 教授(兼任:最先端有機光エレクトロニクス研究センター センター長 未来化学創造センター教授)主幹教授
●専門分野
有機光エレクトロニクス,有機半導体デバイス物性,有機光物理化学

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