テクノロジーで古い業界の生産性を上げ,さらにその先へ株式会社スマテン 代表取締役社長 都築 啓一
DX化の苦手な職人さんと企業との間で,テクノロジーの「通訳」となる
聞き手:消防設備業界が面白いと感じた部分を具体的にお話ししていただけますか。都築:まず,なくてはならない業界であるということです。後ほど説明しますが,消防点検は法律で決まっていて必要なことですから。例えばサプリメントは,あれば便利だけどなくても生活できますよね。そうではなく,「なくてはならない」ことが私の中で大切でした。あってもなくてもいい業界だと,景気に左右されやすいということもあります。また,消防設備業界は絶対に必要な業界なのに業界そのものは変わっておらず,変えることでより良くなるポテンシャルを秘めていると感じたのです。
また,消防設備に心が動いたきっかけとして,東日本大震災でのボランティア経験は私の中で大きな出来事でした。当時,津波の被害が多く報道されたことが記憶にある方は多いでしょう。当時私が活動をしていた福島県いわき市でも津波被害はもちろんありましたが,実は火災も多く発生しました。消火に難航したことで多くの住宅が焼失した現実を私は目の当たりにしていたのです。このようなことはもう起きてはならないと切に思ったことも,消防設備事業に心が動いたきっかけです。
さきほど軽くお話ししたように,消防用設備等を設置した建物では,その消防設備を定期的に点検しなくてはならないということが消防法で義務付けられています。それにもかかわらず,消防設備点検報告率(以下「点検報告率」)は48.9%(2020年,全国平均)と,残念なことに5割に届かない現状があります。今年初めに起きた能登半島地震でも,輪島では大規模な火災が発生し,あいにく命を落とされた方もいらっしゃいます。地震を人間の力で防ぐことはできませんが,火災は防ぐことができるのではないでしょうか。これ以上犠牲者を増やさないため,点検報告率の向上は絶対に必要です。
「スマテンUP」を開発した当初の目的は,自分たちの消防設備会社を伸ばすための,生産性向上のためでした。でもやがて,これを自社で独占せずに他社にも広めれば業界全体の生産性を上げることができると考えるようになりました。同じ業界なら他社も同じ課題を抱えているはずですから,他社も巻き込んで課題を解決すれば国全体での点検報告率を底上げできて,火災の被害も減って社会貢献につながるという発想です。
その考えでこの業界で初めての,建物管理者向けのプラットフォーム「スマテンBASE」も作りました。点検する職人さんのために作った「スマテンUP」を開発した後,建物管理者サイドの悩みとして,職人さんに点検をお願いしたくてもすぐには見つからないことに気づいたからです。消防点検の業界で職人さんを探す場合,その多くは「一人親方」といわれる個人経営の方や,事業所になっていても2~3人の小規模なところが多く,この部分のマッチングは人の力だけではなかなか大変だったのです。そこをうまくマッチングさせるためのプラットフォームが「スマテンBASE」です。
「スマテンUP」と「スマテンBASE」の概要
スマテンを起業したのは2018年ですが,当時はDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉はまだ一般的ではなかったかもしれません。とはいえ国はDXの方針を発表していましたし,当時の私は近い将来DXが進んだ社会を頭の中で描いていました。
DXの推進にあたっては,デジタル分野に疎い人が1人でもいればそこがボトルネックとなる懸念があります。点検を担当するベテランの職人さんの中にはデジタル分野に苦手意識を持つ方も多いものの,DX推進には,職人さんがかかわる部分のデジタル化も避けることはできません。
そこで私たちが,職人さんと消防設備点検を要する建物を持つ企業さんとの間で「通訳」になればいいと考えました。英語を話せない人に英語を教えるより,通訳を介したほうが早いでしょう。点検のスキルが高いベテランの職人さんに時間をかけてまで苦手なITの操作を教えるよりも,そのほうが早いはずです。そうすれば職人さんは豊富な経験をフルに活かし,本来の業務に専念していただくことができます。そして職人さんたちが苦手なデジタルの部分は,誰かが間に入ることで解決し,効率化を推進していく。ここにわれわれの,プラットフォーマーとしての価値を見出したのです。
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都築 啓一(つづき けいいち)氏 ご経歴
学生時代にバックパッカーとして世界を旅した後,飲食店を開業。その後大学を中退して飲食店の店舗を経営していた際に東日本大震災が発生し,復興支援ボランティアとして活動する。この時の経験をもとに太陽光発電や福祉関係の企業を起業する。その後消防業界に注目し,この業界のデジタル化の必要性を感じて2018年にスマテンを設立。