セミナーレポート
誰にでも分かる,サービス現場でのユーザー特性の画像センシング技術 ~ユーザーの体形,運動,行動センシング~産業技術総合研究所 持丸 正明
本記事は、画像センシング展2010にて開催された特別招待講演プレインタビューを記事化したものになります。
サービス現場に入るヒトの計測
聞き手:まず始めに,今回の画像センシング展におけるご講演の内容について,お聞かせ願えますでしょうか?持丸:端的に言うと,「研究室から産業へ,設計現場からサービスへ」というのが趣旨になります。
研究室で開発した機械は,精度は比較的良いかもしれませんが,取り回しが面倒でキャリブレーションが大変だったり高額だったりするというのが一般的な見方です。そうした機械がそのまま産業界に入るかというと,特にヒトを測るものの場合は入りにくいのが現状です。例えば,クルマの形状を測るとなると,研究室ぐらいの大きさのものが意外と簡単に企業に入ってしまいます。なぜかというと,クルマそのものを企業が造っているからです。思い通りにできているか調べるために造ったものを測るということは大事なことですから。ところが,ヒトを測ったからといって製品がいきなり良くなるわけではなくて,その効果が少し間接的なので,それをちゃんと説明できないとヒトの計測器は産業界になかなか入りにくい。
われわれが言う「デジタルヒューマンモデリング」の世界では,測ったデータを人間の骨格構造などに合わせてモデル化したり,統計処理したりして,「うちで独自のデータを持ち,独自のモデルを作れば,顧客に対する競争力がもっと高くなる」と企業が考えるようになると思います。
聞き手:それが,講演の前提ですね。
持丸:そうです。ところが,産業界はヒトについてあまり詳しくありません。私のようなヒトの専門家はほとんどいないのです。それが自動車製造のケースと違うところ。クルマを測る機械はクルマの専門家ならちゃんと使えますが,ヒトの専門家がほとんどいないので,ヒトを測る機械はもう少し簡便にならないと産業界に入りません。例えば,われわれがヒトを測るときには,身体を触って関節の位置などを見つけるのですが,産業界ではそのような技量を持った人は雇っていないので,そうした測定が自動化されないといけません。もし産業界で簡便に測定できるようになれば,研究機関などよりもむしろ多くのデータを集めることができるようになるメリットも出て来ます。
聞き手:それで「研究室から産業へ」となるわけですね。
持丸:そうです。ところがよく考えると,企業は世界中にモノを売っているのに,一生懸命日本人のデータを集めてモデルを作って製造しても,それは実情に合っていないのではないかという話が出てきます。そうなると,実験室で測るのではなくて,もっと世界中のたくさんのデータを測ることができないかという要求が出て来ます。
こうした多くのデータを得る上で有効なのは,「サービスを通じて測る」ということです。われわれがやっている典型的な例は,足の形を測る機械を店舗に置いて,顧客の足を測って靴のサイズを勧めたり,中敷きをカスタマイズするサービスを,お金をいただきながらやっているケースです。研究パートナーの(株)アシックスは,年間で10万足ぐらいのデータを集めています。これは,大学の研究室が集められる数ではありません。世界中に店舗を持つアシックスだからこそ,世界中の足のデータをアーカイブしようと考えられるわけです。そして,それを自社製品の開発に使おうとしています。
聞き手:確かに顧客と接点のある企業ならではのデータ取得法ですね。
持丸:こうして,計測がサービス現場に入っていくことになります。すると今度は,計測の運用コストの低減が求められるようになります。計測技術が研究室から産業界に入るまでは,どちらかというとイニシャルコストに目が行きます。具体的には,計測装置の値段のことですね。
ところが,サービス現場では運用コストが重要。研究室や実験室では,研究者たちが装置を使う部分は運用コストとして勘定にほとんど入れません。一方,サービス現場では,サービスをしている人が測るので,その人が装置に張り付いていなければならないかどうかでコストが劇的に違います。例えば,1,000万円で買った機械に一人が張り付いていたら,1年で人件費が1,000万円別にかかることになります。これが毎年発生するわけですから,時間がたつほどに運用コストが膨れ上がっていきます。一方で,初期投資が3,000万円だったとしても,人が張り付かないで動く装置ならば,年を追うごとにコストの差は広がっていきます。これが,サービス現場でこの手の機械を使うときに,いかに運用コストやメンテナンスコストを下げることが重要かという理由です。
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産業技術総合研究所 持丸 正明
1993年,慶應義塾大学大学院 生体医工学専攻 博士課程修了。博士(工学)。同年,工業技術院生命工学工業技術研究所入所。組織改編により2001年より産業技術総合研究所。デジタルヒューマン研究ラボ副ラボ長。2010年,デジタルヒューマン工学研究センター センター長。および,サービス工学研究センターのセンター長を兼務。計測自動制御学会,日本人間工学会,IEEEなどの会員。人体の形状,運動の計測とモデル化,産業応用に関する研究に従事。