セミナーレポート
脳と人工知能理化学研究所 栄誉研究員 甘利 俊一
本記事は、画像センシング展2018にて開催された招待講演を記事化したものになります。
人工知能と脳のモデル
1950年代に入り,コンピューターを使って,知的な機能を実現できるのではないかと考えるようになりました。人工知能の第1次のブームで,1956年のダートマス会議には,ミンスキーをはじめ,情報理論のシャノン,物理のフォン・ノイマンなどが集まり,熱狂しました。一方,同じ頃,認知科学者のローゼンブラットは,人間の脳は生後学習で知的な機能が発揮できるようになるのだから,脳のようなものを作っておいて学習させればいくらでも知的機能が向上するのではないかと考え,その装置をパーセプトロンと名づけました。しかし,当時のコンピューターは真空管でしたから,どちらも夢で終わり,沈静化して20年が経ちました。その後,1970年代に第2次ブームが起こり,専門家が持っている知識をコンピューターに入れるというエキスパートシステムが生まれました。さらに,80年代にはニューラルネットワークが考えられるようになりましたが,どちらも実用的な技術として熟するまでには至らず,30年が経ちました。そして,2010年代になって第3次ブームが起こりました。そのきっかけとなったのが,ディープラーニングです。しかけは単純で,左側に入力情報が入ってくると,各ニューロンが入力を計算し,答えを出します。これが第1段で,第2段は第1段の出した答えを受け取って同じような計算をしていきます。これを繰り返して最終の答えを出します。1つのニューロンは受け取る情報に重みをつけて計算をします。その重みは可変になっています。脳でいえば,それがシナプスにあたります。答えが間違っていた場合は,重みを変えます。いい方向に行けばその重みを増やし,悪い方向に行ったら減らします。これが「確率勾配降下学習法」といわれているものの原理で,私が最初に1967年に論文を発表したものです。
今のディープラーニングの一番大きな課題は,なぜ学習の結果がうまくいったのか,どこに問題点があるのか,原理的な仕組みがわかっていないということです。これが解明されないかぎり,人工知能は疑わしい技術として,信用を得ることはできません。
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理化学研究所 栄誉研究員 甘利 俊一
数理工学を専攻する研究者である。情報幾何など,情報の数理を扱う数学理論を提唱する一方,脳の仕組みを数理の立場で明らかにする,数理脳科学の建設に励んでいる。東京大学工学部,同大学院で数理工学を専攻,九州大学助教授,東京大学助教授,教授を経て,現在同名誉教授。理化学研究所の脳科学総合研究センターのセンター長を5年間勤め,現在は理化学研究所の栄誉研究員。電子情報通信学会会長,国際神経回路網学会会長などを務め,文化功労者,日本学士院賞,IEEEピオーレ賞,神経回路網パイオニア賞,Gabor賞など多数を受賞。囲碁6段,テニスやスキーを楽しむ。日本棋院の囲碁大使。