セミナーレポート
生体視覚神経系に学んだロボットビジョン開発大阪工業大学 情報科学部 奥野 弘嗣
本記事は、国際画像機器展2019にて開催された特別招待講演を記事化したものになります。
ニューロモーフィック工学の進化と現状
ニューロモーフィック工学は,Carver Meadがカリフォルニア工科大学において,もともと網膜等の神経回路を模擬する電子回路を創るところからスタートしました。30年の歴史の中で,黎明期のニューロモーフィック工学は,神経回路における演算を主にアナログVLSIによって実現するものでした。物理特性を活用することが多く,エネルギー効率がよい長所がある反面,機能レベルの実現までのステップが多く,少数の機能しか実現できない短所がありました。それを補う形で,拡張されたニューロモーフィック工学が出てきました。神経回路における演算をアナログ・デジタル混在システムで実現しようとするものです。アナログの効率とデジタルの汎用性のいいとこ取りができる長所はありますが,フルアナログのような超低消費電力を実現しにくい短所があります。最近,ニューロモーフィックという言葉が広がってきましたが,それはスパイキングシステムとしてのニューロモーフィック工学の広がりに理由があります。このシステム開発の目的は,脳と同じ原理で動くコンピューターを作ることです。2014年にIBMが1チップにスパイキングニューロンを100万個実装した「TrueNorth」をリリースし,最近インテルも「Loihi」というチップをリリースしました。また,スパイクを出力するイベントベースセンサーも何種類が出てきています。脳などの神経細胞では,スパイク発火が入力されると,それを積分して,またスパイクを出し,次の神経細胞に伝達していくのを繰り返します。ただし,頻度のみに情報を乗せるのであれば無駄の多いシステムになるため,タイミング(同期等)に情報を乗せることが必要になります。
ニューロモーフィック工学は,神経科学,電子工学,情報科学の学際領域にあります。複数の分野にまたがっているためプレーヤーが少なく,果実は多くても積み切れない状況になっておりますが,情報科学等の分野の技術者から新たなアイデアが流入し,発展していくことを期待しています。
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大阪工業大学 情報科学部 奥野 弘嗣
2001年 大阪大学工学部を卒業。2003年 同大学大学院工学研究科を修了。関西電力株式会社にて工事設計等に従事した後,2005年 大阪大学大学院工学研究科電気電子情報工学専攻,博士後期課程に入学。2008年 同課程を修了。同年より大阪大学大学院工学研究科,助教として,視覚神経系に学んだ視覚情報処理システムの開発等に従事。2016年より大阪工業大学情報科学部,特任講師として,2018年より同学部,講師として,引き続き同分野の研究を進めている。2013年 日本神経回路学会優秀研究賞受賞。2019年 日本ロボット学会賞受賞。