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出口を見据えたデバイス研究を東京工業大学 精密工学研究所附属 フォトニクス集積システム研究センター 教授 小山 二三夫

ライバルに先んじた室温連続発振

聞き手:はじめに伺いますが,小山先生と面発光レーザーの関わりについてお教えください。

小山:私は博士課程を,東京工業大学の末松安晴教授の研究室で単一モードレーザー,DBRレーザーやDFBレーザー,特に,動的なスペクトル幅の研究を行いました。博士課程修了後に助手として伊賀健一先生の研究室にお世話になりました。それが1985年です。
 1977年に伊賀先生は,面発光レーザーの研究をスタートしておられまして,当時の伊賀先生の研究室もかなりの部分が面発光レーザー,あとはマイクロレンズなど並列光エレクトロニクスの研究を推進されていました。
 まだ面発光レーザー研究は世界的にはそれほど盛んになっていない状況でした。室温連続発振を研究室でぜひ実現しようという時期に助手で採用されまして,研究に関わったわけです。
 当時の結晶成長技術は,民間企業もそうでしたが,MOCVD(metalorganic chemical vapor deposition:有機金属気相成長法)といった技術もまだ確立しておらず,液相成長技術が中心でした。
 面発光レーザーは,薄膜の周期構造であるとか,結晶の表面を反射鏡として使うものですから,MOCVDのような新しい技術も導入の必要があり,装置の立ち上げから関わりました。  私の前任の,現在は東京都市大学にいらっしゃる森木一紀先生が,装置の準備などをスタートされました。それを引き継ぐ形で,伊賀研究室では液相成長法とMOCVDを両方,並行して走らせることになりました。
 1988年,当時博士課程だった,現在富士通研究所の木下進さんが,6mAという当時としては非常に低しきい値の大変インパクトのある素子を液相成長法で実現しました。それが英国電気学会発行のElectronics LettersのPremium Awardの受賞対象となり,伊賀先生と木下さんと私の3名での連名で受賞しました。ただ,それはまだパルス電流での発振に留まっていました。
 面発光レーザーで初めて室温連続動作を実現したのは,MOCVDを使った波長870nm,GaAs系の面発光レーザーで,低しきい値素子の報告を発表した1年ぐらい後,88年の夏でした。
 ポイントは電流の閉じ込めと高反射率ミラーの形成で,しきい値電流としては30mA弱の,当時の半導体レーザーとしては通常のレーザーと同程度のものが得られたわけです。
 OEC(Optoelectronics Conference:光エレクトロニクス国際会議,現在のOECC)のポステッドユナイテッドペーパーで採択されまして,そこで初めて発表しました。同時に電子通信情報学会の英文誌で最初の論文発表を行いまして,論文賞をいただきました。
 その後,少し詳細なレポートを89年に,Applied Physics Lettersに発表しまして,最初の室温連続発振の報告ということもあり,たくさんの研究者から200件弱ほど引用をいただきました。それから1年後ぐらいに,AT&Tベル研究所のJack Jewellのチームによる,非常に低しきい値のマイクロ共振器という,いわゆるマイクロレーザーの報告がありまして,これらのことが引き金になって,この分野の研究者が非常に増えています。論文数も1990年ぐらいから急激に増えたのです。現在もVCSEL(vertical cavity surface emitting laser)やsurface emitting laserで検索すると,年間数百件ぐらいの論文が発表されているという状況です。
 VCSELという今現在の名称も,当初伊賀研究室ではサーフィスエミッティングレーザーと言っていましたが,当時は面発光レーザーとしても他のタイプ,45度ミラーで上にはね上げるものや,あるいは回折格子を使って90度の放射角で上に放射するものなど,いろいろなタイプのものがありました。それらと明確に差別化するためにvertical cavityを加えてVCSELという名称になりました。米国の研究者たちがVCSEL(ビクセル)と言い始めて,現在はそういう呼称が広く使われています。

聞き手:室温連続動作の成果に至った経緯について伺います。どのようにこの成果を成し遂げられたのでしょうか。

小山:ポイントはMOCVDで非常に平坦な膜形成を行うということと,MOCVDで2段階成長を行い,誘電体の膜で形成した非常に高反射率のミラーで電流を閉じ込める狭窄を行う,そういった技術を入れることで,室温連続動作に至ったわけです。振り返ってみますと,他の研究グループも似たようなことを同時並行で進められていて,例えば三洋電機(株)と伊賀先生は,国の助成などを使って面発光レーザーの共同開発も行っていました。三洋電機からも研究員が来て,こちらから技術指導をする形で連携をしていました。そちらでもほぼ同じような時期に,かなり室温連続動作発振に近いところまで到達していたと後で聞きましたね。ベル研究所でも,低しきい値でのマイクロレーザーの室温連続発振の報告が,約1年遅れでありました。あるタイミングでその分野での技術が一気に進むというのは,いろいろな研究者が競合していたことが背景にあるのだと思います。
 面発光レーザー研究自体のスタートは,1977年の伊賀先生の発明からで,当初はInP系の材料でした。今ではInP系のデバイス技術も進みましたが,どうしても当時の技術では製作上での課題がいろいろ残されていたため,材料として非常に整合が取れていたGaAs系の研究が進展しました。液相成長技術からMOCVDを導入することでさらに面発光レーザーの研究が進んだのです。ベル研究所のグループは別のMBE(分子線エピタキシー法:molecular beam epitaxy)という手法を使っていましたが,現在はMBEよりもMOCVDによる量産化技術が確立しています。 <次ページへ続く>
小山 二三夫(こやま・ふみお)

小山 二三夫(こやま・ふみお)

1957年東京都生まれ。1980年東京工業大学 電気電子工学卒業。1985年東京工業大学理工学研究科電子物理工学博士修了。1985年東京工業大学精密工学研究所助手。1988年東京工業大学精密工学研究所助教授。2000年東京工業大学精密工学研究所教授。
●研究分野:光エレクトロニクス,面発光レーザーと光マイクロマシン,半導体光集積回路の研究,超高速光データリンクの研究。
●1985年英Electronics Letters 論文賞,1986年米電気学会学生論文賞,1988年英Electronics Letlers 論文賞,1989年電子情報通信学会論文賞,1989年電子情報通信学会奨励賞,1998年丸文学術賞,1998年応用物理学会会誌賞,2002年電子情報通信学会論文賞,2004年市村学術賞功績賞,2005年電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ賞,2007年文部科学大臣表彰科学技術賞,2008年IEEE/LEOS William Streifer Award, 2011年Microoptics Award,2012年応用物理学会光・電子集積技術業績賞など受賞。

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