OplusE 2014年2月号(第411号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
より深く,より細かく観察する高機能レーザー顕微鏡
- ■超解像光学バイオイメージングへの挑戦
- 慶應義塾大学 神成 文彦
- ■超解像蛍光イメージング
- 大阪大学 藤田 克昌
- ■STED,蛍光ディップ手法における高解像度実現の共通原理
- 東京工業大学 酒井 誠,藤井 正明
- ■生体組織の深部観察に挑む2光子励起蛍光顕微鏡
- 北海道大学 飯島 光一朗,川上 良介,根本 知己
- ■非線形光学顕微鏡の基本的限界を超える手法
- 理化学研究所 磯部 圭佑,緑川 克美
- ■位相変調による選択励起マルチカラー2光子蛍光顕微鏡
- 東京理科大学 須田 亮
- ■2次元時空間レンズを用いた面内走査を必要としない2光子励起蛍光顕微鏡
- 慶應義塾大学 神成 文彦,宋 啓原
連載
- ■【一枚の写真】光の色を変換するプラスチックの新しいメカニズム
- 国立大学法人京都大学 原子炉実験所 中村 秀仁
- ■【私の発言】自分1人で解決ができないならみんなを集めてみると解ける
- 株式会社ニコン顧問 諏訪 恭一
- ■【第10・光の鉛筆】26 フラウンホーファー回折の数学的表現2
- 鶴田 匡夫
- ■【波動光学の風景】103 105.虹
- 東芝 本宮 佳典
- ■【光エレクトロニクスの玉手箱】第12章 レーザーはおもしろい(その1)
- 伊賀 健一,波多腰 玄一
- ■【4k映像システム開発の歴史と展望】7章 ビデオカメラ
- 小野 定康
- ■【コンピュータイメージフロンティア VFX 映画時評】
- Dr.SPIDER
- ■【研究所シリーズ】情報通信研究機構 物理で突き詰めた究極の通信:量子情報通信
- 未来ICT研究所 量子ICT研究室 佐々木 雅英
- ■【ホビーハウス】ステレオ写真の本(99)ランダムドット・ステレオグラム(RDS)の本の2013年の状況
- 鏡 惟史
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News/「光学」予定目次
■New Products
■オフサイド
■次号予告
超解像光学バイオイメージングへの挑戦慶應義塾大学 理工学部 神成 文彦
バイオサイエンスにおいて“ 見る”という行為はもっとも直接的で不可欠な研究手段である。ただし,光学顕微鏡でただ覗いただけでは機能を観察することは不可能であり,下村博士のノーベル賞受賞で一躍有名になった蛍光タンパク質(現在は緑色に発光するGFP以外に,様々な発色と機能を持った蛍光タンパク質が発見され,さらに人工的にも生成されている)を生体内の特定のタンパク質に遺伝子工学的にタグ付けすることで,目標とするタンパク質の可視化のみならず,タンパク質間相互作用のダイナミクスが観測できるようになっている。レーザー蛍光顕微鏡は多くの場合この蛍光タンパク質をレーザーで励起してその発光分布を観察する装置を指す。レーザーを用いず,Xeランプ等の紫外線で励起し観察する蛍光顕微鏡も相変わらず広く用いられているが,この場合,インコヒーレント光励起に局在性は乏しいため,共焦点光学系によって発光観察の空間分解能を確保するしかない。また,様々な発光種でタグ付けしても広帯域励起光によって選択性なく励起されてしまうため,モノクロメータを用いて分光観測するしかない。この手法ではタンパク質間相互作用の観測等は原理的に困難になる。レーザー蛍光顕微鏡の利点は,励起および発光の局在化にある。また,励起波長を選択することで特定の蛍光タンパク質のみを励起することが可能となる。レーザーによる励起,発光過程,および検出が完全な線形システムである場合,原理的に回折限界がレーザー蛍光顕微鏡の空間分解能の限界となる。光学顕微鏡の空間分解能の限界を最初に示したのは,ドイツのAbbeである。彼は1873 年に光学顕微鏡は波長の半分程度の分解能が限界であることを導いている。この回折限界を超えた超解像を実現するためには,いずれかにおいて非線形性,あるいは飽和特性を利用する必要がある。光学顕微鏡の結像特性は線形光学に基づくので,光照射した分子の光学応答の非線形性を利用することにより,近年では数10 nm 程度の空間分解が得られるまでになっている。
空間分解能の向上において現在もっとも成功を収めているのが, 誘導放出の飽和を利用したstimulated emission depletion(STED)と呼ばれる手法であり,ドイツのHell 教授によって1994 年に発表されている。この手法では,蛍光遷移と同じ波長のレーザー光(STED光と呼ばれる)をドーナツ型に整形し,励起レーザー(短波長)と同軸に照射する。ドーナツ形状のSTED 光照射部分は,STED 光による誘導放出により自然放出である蛍光は極限的には発生しない。ドーナツの穴の部分の蛍光のみを観測することで励起領域よりも狭い領域の蛍光のみを検出できる。ただし,このままでは,STED 光のドーナツの穴の大きさ自体が回折限界に制限されるので回折限界の制限を超えることにはならない。そこで,STEDでは誘導放出の飽和を利用する。STED 光の強度を強くしていくと,ドーナツの穴の境界部分での連続的な強度分布において誘導放出の飽和が周囲から順次起き,自然放出できる領域を回折限界で決まるドーナツの穴のサイズよりもどんどん小さくできる。誘導放出された光はそのスペクトル幅が蛍光よりもかなり狭いので,検出帯域を選択することで蛍光のみを観測できる。
本特集では,藤田氏に分子の非線形応答を用いた超解像蛍光イメージングの原理をSTEDの例を含めて解説いただき,酒井,藤井氏には,STEDの原理と類似したコンセプトで超解像を実現する蛍光ディップ手法について解説いただいた。
同じく,蛍光分子の非線形応答を利用する方法として,多光子励起蛍光顕微鏡も超解像なレーザー蛍光顕微鏡として取り上げられる場合があるが,この分類は必ずしも正しくはない。多光子励起過程は,励起遷移を光子エネルギーの低い光子を複数用いて達成するわけであるから,励起レーザーの波長は1 光子励起に比べて長くなる。したがって,たとえその波長での回折限界の2 倍,3 倍の空間分解能が得られたとしても,1 光子の回折限界に比べて格段の利点は生じない。もちろん,高いエネルギー準位から短波長で発光する蛍光を多光子励起するという発想は可能であるが,生体中では短波長域の吸収,散乱損失が大きく,むしろ長波長での励起,発光が要求される。
では,多光子励起蛍光顕微鏡の機能とは何であろうか。それは,深さ方向の空間分解能とセクショニング(断層画像化)にある。1990 年にコーネル大学のWebb 教授等のグループが最初に報告し,以来,励起用のフェムト秒レーザー(主としてTi3+:Al2O3レーザー)とビーム走査技術の開発と相まって急速に進展してきた。2(あるいは3)光子吸収の発生確率は励起光強度の2 乗(あるいは3 乗)に比例するので,励起レーザー光の回折限界を超える空間分解能を実現できる点にあった。光軸に垂直な平面内での空間分解能には前述のように同じ波長の蛍光を観察する場合にはメリットはないが,ただし,長波長励起光を利用するので試料中でのRayleigh 散乱が桁違いに少なくなり蛍光測定のSN 比が向上するという利点は間違いなく存在する。また,多光子励起は焦点近傍の光強度の高い領域以外では効率よく起きないので,生体試料中の奥深くまで励起光を浸透させ,深さ方向に励起を局在できる機能は,1 光子励起蛍光顕微鏡では実現できない機能である。
脳の神経回路網は、脳組織中で3 次元的広がりを持つため、非侵襲で深部の3 次元的機能観測が嘱望されている。深部といっても表面から数mmの領域である。ただし,散乱性の脳組織に対して光学的にその像を取得するのは非常に困難である。深部まで励起光を到達させるために散乱損失を補償するように励起光強度を上げると,表面あるいは浅い部分での2光子励起が起こってしまい深部の局在励起は難しくなる。本特集に寄稿された飯島氏等のグループは,近年,表面から1 mmを越える深部での蛍光断層イメージングを達成し、麻酔下のマウス大脳皮質の6 層構造を捉えることで、生体における高次脳機能の解析を実現している。
2光子励起というと,同じエネルギーの光子が2つ協調する過程に限定されていると誤解されている場合が多いが,実際は和周波数的な励起が起きており,フェムト秒レーザーパルスによる2光子励起でも,長波長側と短波長側の光子が協調して励起を行っている割合も無視できない。この和周波数的な2光子励起を積極的に利用し,2つの異なる波長のレーザーを試料中で交差させることで深さ方向の励起の局在化を実現するのが磯部氏等の空間重なり変調非線形光学顕微鏡である。
2光子励起蛍光顕微鏡には付加的にいくつかの新しい機能が開発されている。フェムト秒レーザーの広帯域スペクトルで2光子励起を行う場合,長波長側と短波長側の光子が協調して2光子励起する過程が重要であることは述べたが,この原理を積極的に利用すると,広帯域スペクトル内で起きうる2光子励起を選択することができる。すなわち,パルスの群速度分散特性をデザインすることで,励起焦点に到達する異なる波長成分の遅延時間を調整できる。同時に到達した波長成分のみが協調した2光子励起を可能にするので,遅延時間をずらせば特定の2光子励起遷移の確率を激減できる。この励起パルス整形技術を用いれば,1つのレーザー装置を用いて,多くの蛍光タンパク質の中から特定のタンパク質のみを選択的に励起することが可能となる。本手法がもっとも効力を発揮するのは,蛍光共鳴エネルギー移乗(FRET)と呼ばれる蛍光観察においてである。FRETは,2 種類の蛍光タンパク質の分子間距離が近づくことで共鳴的にエネルギー移乗が起こり,励起光によって励起されていない蛍光タンパク質が発光する機構であり,タンパク質間の空間的相互作用を可視化できる有効な手法である。この特定の蛍光タンパク質のみを選択的に励起可能なこの励起レーザー波形整形法について,須田氏が解説している。
2光子励起蛍光顕微鏡に関して本特集で取り上げたもう1つのトピックスが,時空間レンズ励起である。通常,面内イメージングは,マイクロレンズアレイやガルバノミラーを用いて点集光励起を2 次元走査するのが一般的である。広範囲に一括励起して観測すれば,観測時間が短縮できるが,光学顕微鏡の結像能力で分解能は決定されてしまうので超解像にはならない。さらに深さ方向に空間的局在励起を行わなくては,2光子励起蛍光顕微鏡の利点である深さ方向の分解能が得られないので意味がない。2005年ごろに断面計測が可能でかつ2次元イメージングを一括して取得可能な手法として時空間集光法が提案された。時間集光とは,深さ方向のある地点でのみフェムト秒レーザーのパルス幅が最短化される原理である。この結果,空間レンズを用いずに深さ方向の局在励起が可能になる。また,時間焦点の前後ではレーザーパルスが広がっているために2光子励起が抑制され,蛍光計測のSN 比を改善できる利点がある。
レーザー励起顕微鏡には,今回取り上げなかったラマン散乱,反ストークス誘導ラマン散乱(CARS)顕微鏡も広く研究されている。いずれも蛍光標識としての分子を使用する必要がないのが利点である。特定の分子振動に起因するラマン散乱のみを観測するのではなく,多くのラマン散乱スペクトルの総合的な強度分布,因果関係から生態情報を識別するような蛍光顕微鏡にはない可能性を有する。CARS 顕微鏡はラマン共鳴4 波混合を用いた非線形光学効果であるので,2光子蛍光と同様の励起局在が可能である。一般にCARSは2 波長の光源が必要であるが,広帯域スペクトルを有するフェムト秒レーザーを用いれば,1 光源でも励起可能である。
究極的な超解像イメージングには,走査型近接場顕微鏡がある。先鋭化された金プローブの先端や,微小開口ファイバプローブの先端における近接場光で試料を励起する手法であり,散乱,蛍光,2 倍高調波,ラマン散乱,等が信号光として用いられている。すでに製品化も行われている。貴金属のナノ構造は,その材質と構造,サイズに依存したプラズモン共鳴を示すことからナノ空間に局在した高強度光電界を発生する方法になる。金ナノ微粒子は,表面を分子修飾して特定のタンパク質にタグすることが可能であり,プラズモン共鳴場を局所励起場として利用すれば,タンパク質分子の識別に利用できる。プラズモン場を汎用的な生体分子イメージング手法に応用できるかどうかは今後の研究の進展にゆだねられる。
最後に,ここ1 ~ 2年でいくつかの手法が報告され注目されている散乱体を介したイメージングに触れたい。光の散乱は,深部イメージングの空間分解能を劣化させる主要因である。静的な散乱特性材料であれば,入射レーザーの波面を空間光変調器で整形することで散乱体の後ろ側で輝度の高いスポットを形成できる。これは,大気の粗密分布によって歪んだ像をアダプティブ光学系で補正して像再生を行う天体イメージング等に汎用されている技術と等価であり,波面歪みを受ける前の入射ビームに補正を加える違いだけである。閉ループ制御で適応制御する手法はさほど魅力的には映らないがデモされている。一方, 2012 年のNature 491 号の表紙にも載った手法は,励起レーザーのkベクトルを2 次元的に走査し,θ x,θ yに対して2次元を積分した強度を取得する。これは,ランダム散乱特性とイメージの畳み込みの波数空間表示に対応するので,この自己相関関数をとると,ランダム散乱特性はδ関数となりイメージの自己相関が残る。Gerchberg-Saxton 法で振幅特性は再構築できる。こういった画像工学的な手法をレーザー計測に用いる余地は他にもたくさんあるのではないだろうか。
単なる結像による広域光学顕微鏡から,レーザーおよびビーム走査光学系の進展によりレーザー顕微鏡が主流となり,さらには,蛍光タンパク質のようなタグ分子の機能性や非線形応答性に基づいたイメージングにより,より深くより細かいイメージングが可能となってきている。ナノプラズモン場の利用,あるいは画像工学的な手法の導入により次の展開が拓かれていくのか興味深い。
広告索引
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