OplusE 2012年10月号(第395号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
半導体レーザー誕生50年後の今
- ■半導体レーザー生誕50年にあたって
- 應義塾大学 神成 文彦
- ■半導体レーザーと光通信
- 北里大学*,NTTフォトニクス研究所**,吉國 裕三*,大橋 弘美**
- ■面発光レーザー生誕35年
- 東京工業大学 小山 二三夫
- ■量子カスケードレーザー
- 浜松ホトニクス 枝村 忠孝,山西 正道
- ■光通信用量子ドットレーザーの進展
- QDレーザ*,東京大学**,菅原 充*,**,武政 敬三*,**,西 研一**,荒川 泰彦**
- ■高出力半導体レーザー
- オプトエナジー 藤本 毅
- ■超短光パルス半導体レーザー
- 東北大学 横山 弘之
- ■2次元フォトニック結晶レーザー
- 京都大学 野田 進
連載
- ■【一枚の写真】高温プラズマの複雑な空間・時間変化をバーチャルリアリティーで可視化
- 核融合科学研究所*,兵庫県立大学**,海洋研究開発機構***,石黒 静児*,大野 暢亮**,大谷 寛明*,松岡 大祐***,堀内 利得*
- ■【私の発言】われわれは,まだ光のすべてを理解していない
- アリゾナ大学 Russell A.Chipman
- ■【第10・光の鉛筆】10 非点光線束の追跡3 Young の定量的表現
- 鶴田 匡夫
- ■【波動光学の風景】第87回 89.遅延ポテンシャル
- 東芝 本宮 佳典
- ■【コンピュータイメージフロンティア VFX 映画時評】
- Dr.SPIDER
- ■【研究所シリーズ】産業技術総合研究所 室温で光による液化―固化を繰り返す材料
- ナノシステム研究部門 スマートマテリアルグループ 秋山 陽久,吉田 勝
- ■【ホビーハウス】ステレオ写真の本(95)アナグリフの本と商品
- 映像技術史研究家 鏡 惟史
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News/「光学」予定目次
■New Products
■オフサイド
■次号予告
半導体レーザー生誕50年にあたって慶應義塾大学 理工学部 神成 文彦
半導体レーザーは半導体中の電子と正孔の再結合による発光を利用した誘導放出過程によるコヒーレントな光波の発振器および増幅器の総称であり,ShawlowとTownesによってレーザーの基本理論が1958 年に構築される1 年前に渡辺寧,西澤潤一両氏により半導体レーザーの特許出願が成されている(この時点では半導体メーザーであった)。最初の半導体レーザーの実現は,1962 年General Electric(GE)社,IBMワトソン研究所,マサチューセッツ工科大学(MIT)による,GaAs(ガリウムヒ素)のホモ接合構造を用いた半導体レーザーの低温パルス発振であり,今年はこの年から数えて生誕50 年目を迎える。ただし,室温での連続レーザー発振動作は1970 年米国のベル研究所の林厳雄,Panish,ソ連アカデミーのAlferovらによって,AlGaAs(アルミニウムガリウムヒ素)/GaAsダブルヘテロ接合構造によって実現されるまで,長きの研究開発が必要であった。この50 年間,半導体レーザーは材料,量子物理,光物性,微細加工技術等の各方面からの多大な研究の成果の恩恵を受けて,著しい発展を遂げており,光エレクトロニクスの代名詞にもなっている。各種レーザーの誕生時のいきさつは,いずれもストーリー性に富んでいるが,半導体レーザーの最初の報告も熾烈な競争があったようである。1962 年6 月の半導体デバイス国際会議においてMITおよびRadio Corporationof America(RCA)から,GaAsのp-n 結合から非常に強い強度の(~ kW/cm2)発光が100%に近い効率で得られることが報告される。この時すでにLED(lightemitting diode)は実現されていた。会議に出席していたGEのRobert N. Hallは,ファブリペロー(Fabry-Perot)構造を構築できないかと帰りの列車の中で考えたと彼の手記に記されている。その後,Hall 等が電流しきい値を超えた際の光スペクトルの狭帯域化,縦モードスペクトルを観測し, 『Physical Review Letter』に論文が受理されたのは9 月24 日である。この発刊は11 月号であり,同じ11 月号の『Applied Physics Letter』誌には,IBM(10月4 日受理)から,その12 月号にはMIT(11 月5 日受理)からのレーザー発振が掲載されている。IBMはFabry-Perot 共振器をこの時点ではまだ用いていなかった。
最初に発振が実現された注入型レーザーは単一の結晶材料GaAsからなるpn 接合すなわちホモ構造のダイオードであったが,発振条件を満たすために非常に大きな注入電流密度(>50 kA/cm2)を必要とし,このため発振は低温におけるパルス発振に限られていた。室温連続発振をはじめ,実用的な性能が得られているのはその後に開発されたダブルへテロ構造のレーザーである。厚さ100nm 程度のGaAs 活性層をこれよりバンドギャップエネルギーの大きなAlGaAsの2層で挟んだ構造である。近年は,この活性層を10nm 以下に狭めることで,電子の波動としての量子論的な振る舞いを利用した量子井戸構造により,発振波長の拡大,発振しきい値電流の低減,変調帯域の拡大,低雑音化,高スペクトル純度化などの性能向上に結びついている。この延長は,本特集でも取り上げている3 次元閉じ込め効果を用いた量子ドットレーザーへとつながっている。また,量子井戸構造を巧みに組み合わせた量子カスケードレーザーは長波長域の分光,センシング用レーザーとして重要であり半導体レーザーの利点を生かした素晴らしい光源として近年確立されている。
一方,半導体材料と結晶化技術の進展により半導体レーザーの発振波長帯域も長波長,短波長側に急速な進展を見せている。図1に代表的な混晶がカバーする発振波長域を示す。特に,短波長可視域の開発は著しく,緑~紫領域での窒化ガリウム系半導体レーザーの急速な進展により,ブルーレイ,プロジェクター用の青(紫)色光源として広く実用化されている。さらについ最近,波長530nmの緑色で出力100mWの発振が報告され,赤,青,緑の3 原色での半導体レーザーによる実用レベルでの直接発振がそろった意義は非常に大きい。光励起ではAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)多重量子井戸レーザーで波長242nmの紫外発振も報告されており,さらにはZnO(酸化亜鉛)やII-IV族の半導体にも今後の期待が寄せられている。
半導体レーザーの最も重要な応用の1つは光ファイバー通信であり,信号源としては,温度安定性に優れた25Gbit/sの直接変調レーザーが量子ドットレーザーで実現されるに至っている。近年の光通信の大容量化に伴い,半導体レーザーの重要性はネットワーク機器の中でのルーター機能においても重要となっている。1990 年代までは,光通信ネットワークはいわゆるpoint-topoint型のネットワーク構成であったが,その後,光アド・ドロップや光クロスコネクトによる光パスの経路変更など,波長合分波器やスイッチなどの光デバイス技術や光伝送技術の進展とともに高度化してきた。中でもパケット単位で信号を転送する光パケットスイッチは,ネットワークの柔軟性や帯域利用効率,拡張性の点で最も理想的と考えられている。現在の電気ルーターに代わり,光ルーターを実現するためには,波長可変レーザーと光論理ゲートで構成される高速波長可変フィルターが必要であり,半導体光増幅器,リング型半導体レーザーはパケットルーターのキーデバイスとして今後重要性を増すことになる。
一方,半導体レーザーの高出力化も注目に値する。発光素子の並列化により,半導体レーザーバーとしてはすでに連続発振で10kW 以上のものが製品化されている。半導体アレイ全体ではコヒーレント化されていないので,レーザーバンドルでの伝送と非コヒーレントな集光での利用にはなるが,直接電気変調が可能な利点は熱加工においても重要である。ただし,現在は,Yb:ガラスレーザー等の固体レーザーの励起に用い,コヒーレンスの良いレーザーに変換して応用する方式が主流である。Yb:ガラスファイバーレーザーも高出力化には多数のファイバーレーザーをコヒーレント結合することが重要な技術開発要素であるので,将来,半導体レーザーそのものをコヒーレント結合して直接利用する時代が到来することは期待できる。単一の半導体レーザーの発光強度は端面の光学耐力に制限されるが,最近では約100μmのエミッタ幅で15Wの高出力動作が長時間安定に実現されており驚異的である。もしも,面発光レーザーのように2 次元的に並列化しコヒーレンスを発生することができれば,高出力レーザーの応用も半導体レーザーに取って代わられる日は遠くないであろう。
近年,ピコ秒,フェムト秒レーザーによる炭素繊維材料等の新素材加工がにわかに注目されているが,数10ps~100psのパルスであれば半導体レーザーから直接発生可能であり,モード同期発振器を用いない簡単な構成で,半導体レーザー発振器とファイバー増幅器を用いたパルス波形可変型の高出力加工用レーザーが開発されつつある。
日本の半導体のシェアは1988 年には51%だったが,2011 年には19%まで落ちている。一方,光エレクトロニクスとしての半導体レーザーデバイスに関しては,本特集でご執筆いただいた各社に代表されるように,大学発のベンチャー会社も含め国際競争力のあるメーカーが多数存在し,国内の研究レベルも非常に高い。高度な量子工学に裏打ちされた技術で,1 個当たりの価格の過当競争化に陥らず,高品質多種製造のビジネスモデルで日本の産業の一牽引分野としてさらに育っていってもらいたい。次の50 年,やはり進展し続けるレーザーは半導体レーザーに違いないであろう。まずは,近年,プラズモンモードでのレーザー発振,超高Q 値マイクロ共振器レーザーが報告されており,微細化,高機能化への新しい展開になるか楽しみである。
参考
- 渡辺寧,西澤潤一:日本特許273217 号,1957 年4 月22 日出願
参考:最初の低温パルスレーザー発振
- R.N. Hall, G.E. Fenner, J.D. Kingsley, T.J. Soltys, and R.O.Carlson : “Coherent light emission from GaAs junctions,”Phys. Rev. Lett., Vol. 9, No. 9, pp.366~368 (1962)
- M.I. Nathan, W.P. Dumke, G. Burns, F.H. Dill, Jr., and G.Lasher : “Stimulated emission of radiation from GaAs p‐n junctions,” Appl. Phys. Lett., Vol. 1, No. 3, pp. 62~64 (1962)
- T.M. Quist, R.H. Rediker, R.J. Keyes, W.E. Krag, B. Lax, A.L.McWhorter, and H.J. Zeiger : “Semiconductor maser of GaAs,” Appl. Phys. Lett., Vol. 1, No. 4, pp. 91~92 (1962)
参考:最初の低温パルスレーザー発振
- I. Hayashi, M.B. Panish, P.W. Foy, and S. Sumski : “Junction lasers which operate continuously at room temperature,”Appl. Phys. Lett., Vol.17, No. 3, pp.109~111 (1970)
- Zh. I. Alferov, V. M. Andreev, D. Z. Garbuzov, Yu. V. Zhilyaev, E. P. Morozov, E. L. Portnoi, and V. G. Trofim :“Effect of the heterostructure parameters on the laser threshold current and the realization of continuous generation at room temperature,” Fiz. Tekh. Poluprovodn., Vol. 4, pp. 1826~1829 (1970)
- H. Kreesel, and F.Z. Hawrylo : “Fabry‐Perot structure AlxGa1−xAs injection lasers with room ‐temperature threshold current densities of 2530 A/cm2,” Appl. Phys. Lett., Vol. 17, No. 4, pp. 169~171 (1970)