OplusE 2012年9月号(第394号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
結像光学系における照明光学系
- ■総論
- 東京工芸大学 渋谷 眞人
- ■瞳シフト行列を用いた部分コヒーレント照明による光学像の計算
- キヤノン 山添 賢治
- ■半導体投影露光装置の照明性能の計測
- 東芝 野村 博
- ■高精度な光計測のための照明光学系
- キヤノン 山口 渉,稲 秀樹
- ■構造化照明を利用した超解像顕微鏡N-SIM
- ニコン 大内 由美子
- ■レーザー光照明におけるスペックル低減
- 宇都宮大学 黒田 和男
- ■Zemaxを用いた落射照明顕微鏡の光学・照明設計
- プロリンクス 澤田 宏起
連載
- ■【一枚の写真】光の往来を仕切る銀ナノ石畳
- 富士フイルム 納谷 昌之,谷 武晴,白田 真也,清都 尚冶,鎌田 晃,大関 勝久
- ■【私の発言】本物を目指して『門前,市を成す』であれ
- 東京大学 古澤 明
- ■【第10・光の鉛筆】9 非点光線束の追跡2 Barrow とNewton
- 鶴田 匡夫
- ■【波動光学の風景】第86回 88.電磁場のポテンシャル
- 東芝 本宮 佳典
- ■【コンピュータイメージフロンティア VFX 映画時評】
- Dr.SPIDER
- ■【研究所シリーズ】理化学研究所 深部超解像イメージングのための非線形光学顕微鏡
- 基幹研究所 磯部 圭佑,緑川 克美
- ■【ホビーハウス】ホログラムとレンチキュラー印刷のジグソーパズル
- 映像技術史研究家 鏡 惟史
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News/「光学」予定目次
■New Products
■オフサイド
■次号予告
結像光学系における照明光学系東京工芸大学 渋谷 眞人
カメラのような基本的には照明系を必要としない結像光学系では,解像力や像面照度の均一性などの像質は,結像光学系自身の性能で決まってしまう。しかし,顕微鏡で代表される,照明系がほぼ必須である結像光学系では,照明系が像質に大きく影響する。古典的な顕微鏡においても,解像力と照明むらに果たす照明系の役割は非常に大きい。図1に模式的に示すように,照明系には臨界照明とケーラー照明の2つがある。恐らく顕微鏡の開発当初は臨界照明であったと思われるが,ハロゲンランプのようなフィラメント光源の像を試料面に結像して照明すると,フィラメント形状の照明むらが発生する。これを解消するために,フィラメントの像を結像光学系(顕微鏡対物レンズ)の瞳位置に結像するようにしたのがケーラー照明である(ケーラーは発明者の名前)。また,照明系は解像力にも大きく影響する。図1に示すように,臨界照明・ケーラー照明にかかわらず,試料面で照明光源が成す開口数(Numerical Aperture)NAsと結像光学系が成す開口数NAとの比をコヒーレンスファクターと呼びσで表すと,σが小さいと高コントラスト,σが大きいと高解像力になるという,大雑把な性質がある1)~4)(なお,光源輝度をB,物体面での照明の開口数をNAsとすると,物体面での照度EはE=πB・NA2となる。この式も臨界照明・ケーラー照明の双方に適用できる。それゆえ,臨界照明の方が高照度になるという記載が時々見受けられるが,間違いである)。 半導体露光装置では,露光線幅は照度とコヒーレンスファクターに依存するので,この2つの量の物体面内(マスク)均一性をサブ%に抑えるという,極限まで追求した装置である。ケーラー照明は輝度の光源内の場所むらを低減することはできるが,光源輝度の方向むらを低減することはできない。そこで,図2に示すようなフライアイ(ハエの目レンズ)を用いた光学系,あるいはロッド(ライトパイプ)を用いた光学系が使われる。フライアイエレメントの一つひとつの射出面に光源の像が作られ,この全体を2 次光源と呼ぶ。光源輝度の方向むらがあると,フライアイエレメントごとに光源像の輝度は異なってくるが,各フライアイエレメントの中では輝度の変化は小さいので,2 次光源全体では,場所むらはあるが方向むらはない。2 次光源によってケーラー照明することで場所むらを解消できるので,非常に均一性の良い照明を達成することができる。2 次光源からの光で物体面(マスク)を照明するコンデンサーレンズは,(説明は割愛するが)照度均一性を確保するために基本的にfsinθレンズとなる。このとき,(同じく説明は割愛するが)照明のNAも物体面上で均一になるので,コヒーレンスファクターの像面内均一性も達成される4),5)。
これが基本的な高精度照明系の設計思想である。しかしながら,実際の設計開発ではさまざまな課題を解決していかなくてはならない。製造精度の問題まで考えると,非常に多岐にわたり,最先端装置の開発は継続的な改良がなせる業である。光学装置に限らず,「計測できないものは作れない」とよく言われる。高精度な装置を開発するには,高精度な計測が不可欠であり,コヒーレンスファクターすなわち光源形状についても同じである。(株)東芝の野村博さんには,光源形状の測定について紹介していただいた。キヤノン(株)の山口渉さん,稲秀樹さんには,半導体露光装置のアライメント顕微鏡における光源形状分布の重要性と評価法・測定法の実際について幅広く紹介していただいた。
装置の高精度化に伴い,汎用・内製の設計ソフトも常に改良が求められる。(株)プロリンクスの澤田宏起さんには,ライトパイプによる均一化照明を用いた落射照明顕微鏡の設計について紹介していただいた。
像(ウエハー)面上で細かなパターンを作るためには,像面上のNAを上げる必要がある。開口の両端から来る光の干渉で最も細かい繰り返しパターンが作られる。東芝の野村さん,あるいは(株)ニコンの大内由美子さんの記事を見ていただけると分かるように,S 偏光であればスカラーと同じような干渉になるが,P 偏光の場合には,強め合う位置が反転することになる。このため基本的にS 偏光を用いた照明をすることになる(従来は空気中では問題となっても,レジスト中では屈折のため光軸との成す角が小さくなり,大きな問題ではなかった。しかし,結像レンズとウエハーの間を水で埋めた液浸光学系では,NAは1.3 程度あり,レジスト中でも大きな角度で入射するため,大きな問題となっている)。この開発に当たっても,計測が大きな課題で,特にマスク面での照明の偏光状態を知ることが非常に重要である。普通に考えると,観測装置を直接置くことができない物体(マスク)面での偏光状態を測れるとは思わないであろうが,東芝の野村さんは新奇な計測法を見いだし実際に開発された。これについても紹介していただいた。
すでに述べたように,作られる像パターンの最小周期は,瞳の両端から来る光の干渉で作られるものであり,それより細かなものは作ることはできない。しかし,少しでも所望のパターンへの忠実性を高めるために,マスク上のパターンの形状や位相,光源形状の最適化を行う。これをSMO(Source Mask Optimization)といい,いわゆる部分的コヒーレント照明下の結像の理論を用いて膨大な計算をすることになる。この理論は完成しているといって良いであろうが,計算の効率や,最適化を見通しよく行うためにはさまざまな工夫の余地がある。キヤノン(株)の山添賢治さんは,瞳シフト行列という新しい概念を用いることで,結像理論を再構築し,その結果像強度分布の計算時間を桁違いに短くすることができることを示した。さらにコヒーレンス制御などへの発展も考えられる,この新概念について紹介していただいた。
解像力を向上するには光源の波長を短くする必要があるが,短波長になると用いることのできる屈折材料が基本的には石英だけであり(蛍石は透過率的には問題がないが,真性複屈折があり問題となる),光源のスペクトル幅を狭くしなければならない。そのため現在の最先端半導体露光装置の光源は,狭帯化したArFエキシマレーザー(λ= 193nm)である。しかし,干渉性が良くなり,そのためスペックルの発生が問題となり,さまざまな工夫が成されている。実際には完璧にスペックルを抑えることはできていないと思うが,スキャナーと呼ばれる半導体露光装置では,マスクとウエハーが移動しながら露光することによってもスペックルの平均化が図られている。半導体露光装置のアライメント顕微鏡にはHe-Ne(ヘリウムイオン)レーザーが使われており,キヤノンの山口さん,稲さんの記事にもスペックル低減方法が紹介されている。
レーザーは半導体露光装置だけではなく,レーザーディスプレなどでも用いられるようになってきている。そのためスペックルの低減は非常に重要な課題である。黒田和男先生には,スペックル発生のメカニズムと,その低減法の基本的な考え方について分かりやすく説明していただき,さらに実際のスペックル低減法について紹介していただいた。
顕微鏡の解像力向上技術は,位相差顕微鏡や微分干渉顕微鏡に代表されるように長い歴史がある。また,レーザー走査顕微鏡による超解像技術など挑戦は続いている。光学系によって作られる最も細かい周期パターンのピッチは,NAと波長で決まってしまう。しかしながら,物体面上に周期的な照度分布を作れれば,物体自身の強度分布の周期的な成分とのモアレが生じ,モアレの周波数が結像光学系(対物レンズ)の限界周波数よりも小さければ,光学系を伝達することになる。それをうまく再生することで,超解像を達成することができる。ただし,この周期的な照度分布は物体面上の任意の2 点間でインコヒーレントな照明でなくてはならない。単純にコヒーレントな2 光束で干渉させた場合,照度そのものは周期的になるが,任意の2 点間はコヒーレントになる。しかし照明がコヒーレントであっても,それを吸収して別の光を放射する蛍光は,インコヒーレントになる。そこで蛍光を用いることになる。この蛍光と周期的な照明とを利用した超解像顕微鏡の実際について,ニコンの大内由美子さんに紹介していただいた。エバネッセント波を用いて照明の深度方向の範囲を限定する方法などについても言及していただいている。
このように,照明の深さ方向を限定させることは干渉計測においても行われる。図3(a)に示すように,密接に近づいた2 面間の間隔を干渉計で計測することを考える。He-Neレーザーのような可干渉の良いレーザー光をそのまま照射すると,不要な面からの干渉によってノイズとなる。それを回避するために,図3(b)に示すように,レーザー光からの光を回転拡散板に照射し,広がったインコヒーレント光源として,干渉縞をこの2 面間に局在させてしまうことが考えられる。この光学系も干渉する2 面とCCDとは共役になっており,結像光学系の照明系と言える。
結像光学系自体にも瞳操作等による高解像の可能性はあるが,収差を極限にまで小さくしなければならないので,原理的には可能でも実際には難しい面がある。照明系による高解像の方が,それに比べれば実現可能性が高いと思われ,照明光学系による高解像化技術への挑戦はまだまだ続くと思われる。レーザー光は,高輝度,短波長,狭スペクトルなどさまざまな特徴を持ち,照明光源としてさらに使われていくであろう。その中でスペックル低減は大きな課題であり,光源のコヒーレンス特性を光学設計者が正しく把握して,設計していくことが必要である。エキシマレーザーの特性などは十分には理解されていないように思われ,理学的工学的な議論がさらに深まることが望まれる。さらに,実際の照明光学系開発のために,設計手法,設計評価法,そのためのソフトウエアなどの改良が続けられている。記事を執筆していただいた方々に深く感謝申し上げるとともに,本企画が今後の結像光学系の照明光学系開発に多少なりとも貢献できれば幸いである。
参考文献
- M.Born, and E.Wolf : Priciples of Optics, 7 th-editio,Cambridge University Press, 10.6 章(1999)
- 小瀬輝次:「フーリエ結像論」,共立出版,3 章(1979)
- 鶴田匡夫:「応用光学I」,培風館,3.9 章(1990)
- 渋谷眞人,大木裕史:「回折と結像の光学」,朝倉書店,2.3 章,Appendix-C, E(2005)
- 渋谷眞人:「レンズ光学入門」,アドコム・メディア,5 章(2009)