がん細胞を狙い撃ちするα線の画像化と線量評価法を開発量子科学技術研究開発機構(量研),放射線医学総合研究所 研究グループ
α線は放射線の飛ぶ距離が細胞数個分で,当たった細胞を殺傷する能力が高い,という特長があり,治療法が限られる転移がん等に対する効果的な治療法として,α線放出核種を付加した薬剤を用いた標的アイソトープ治療が期待されており,量研では,α線放出核種の211Atを付加した標的アイソトープ治療薬の開発を進めている。しかしながら,211Atを付加した薬剤を投与した後,実際にどれくらいの薬剤ががん細胞に届き,細胞にどれくらいの線量のα線が吸収されるのか,明らかになっていなかった。
今回,CR-39固体飛跡検出器(CR-39プレート)を用いて,がん細胞から放出されるα線の飛跡を,顕微鏡下で可視化することで,細胞1個当たりに吸収されるα 線のエネルギーを評価する手法を開発した。HER2というタンパク質が細胞の表面に存在しているがん細胞にだけ結合する抗体であるトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)に,211At を付加した標的アイソトープ治療薬211At- トラスツズマブとヒト胃がん細胞(NCI-N87)を混合した溶液を,CR-39プレート上へ分散させ,顕微 鏡下で可視化した細胞像と細胞から放出されるα線の飛跡像を重ね合わせた。これにより,がん細胞1個から放出されるα線の数と,がん細胞の局所的に与えられるα 線のエネルギー量を計測し,α線の数とそのエネルギー量の平均値の積を求めることで,細胞1個当たりに吸収される平均的な線量を評価できた。また,211At- トラスツズマブが,どれくらいの効率でがん細胞に結合しているかを調べたところ,約80%の細胞からα線が放出されていることがわかった。
今後,211At を付加した薬剤を投与した動物の組織切片から放出されるα線の分布をイメージングすることによって,がん組織への薬剤集中性や正常組織への影響の定量評価に応用できると考えられる。また,細胞あたりのα線の放出の有無から,211At を付加した薬剤のがん細胞への結合効率を求めることによって,放射性薬剤の品質評価にも応用できる可能性が示唆された。今後,細胞死に必要な細胞1個あたりの線量評価を進めることによって,結合効率を指標に,治療に必要な標的アイソトープ治療薬の投与量を,科学的に決定付けることに役立つと期待される。