OplusE 2018年1月号(第458号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
五感を操るバーチャルリアリティ技術
- ■特集にあたって
- O plus E編集部
- ■五感を操るVR技術 総論
- 東京大学 廣瀬 通孝
- ■経皮電気刺激で創る多感覚
- 大阪大学*,明治大学** 安藤 英由樹*,青山 一真**
- ■“Ghost taste”で変わる? 電気味覚が変える食体験
- 産業技術総合研究所 中村 裕美
- ■脳をだます3D触力覚技術~ハプティクスによるコミュニケーション革命~
- 産業技術総合研究所,株式会社ミライセンス 中村 則雄
- ■VRドームを用いた文化財建築の立体映像体験
- 凸版印刷 佐藤 祐一
- ■3DVR撮影(立体視360度撮影)の手法
- ステレオアイ 関谷 隆司
特別企画
- ■国際画像機器展2017 特別招待講演
- コマツ 四家 千佳史
連載
- ■【一枚の写真】ピンホールカメラ
- 東京工業大学 松谷 晃宏
- ■【私の発言】実験屋はシミュレーションを過信せず,実験結果に真摯に向き合ってほしい
- 富山県立大学 野村 俊
- ■【第11・光の鉛筆】24 機械式シャッターと撮像素子シャッター(最終回)
- 鶴田 匡夫
- ■【光の鉛筆】最終回に寄せて
- 黒田和男・武田光夫・本宮佳典・武山芸英
- ■【輿水先生の画像の話-魅力も宿題も-】第0回 連載のご挨拶と抱負-魅力も宿題も-
- 中京大学 輿水 大和
- ■【光学ゼミナール】第0回 連載を始めるにあたって
- 黒田和男
- ■【干渉計を辿る】第5章 非球面計測用干渉計 5.2 非球面の高精度干渉計測法
- 市原 裕
- ■【光エレクトロニクスの玉手箱】第59章 ぞうをとる:撮像(その2)
- 伊賀 健一,波多腰 玄一
- ■コンピュータイメージフロンティア
- Dr.SPIDER
- ■【ホビーハウス】身近な凹面鏡
- 鏡 惟史
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News/「光学」予定目次
■New Products
■オフサイド
■次号予告
表紙写真説明
我々がものの形や3次空間の知覚が生じるのは,網膜においてではなく,情報が脳の深い部分に至ってからである。VRの黎明期の考え方は感覚のモダリティごとに触覚提示装置(ディスプレイ)が対応していたが,たとえば味覚など,表示の困難な感覚モダリティのディスプレイの開発がほぼ不可能であるという問題があった。それに対し,「疑似触覚」という概念が投げかけられた。我々の五感は写真に示すように相互に関連しており,感覚のモダリティとディスプレイが一対一に対応する必要はないのである。疑似触覚では,視覚のディスプレイが触覚を惹起している。(関連記事「五感を操るVR技術 総論」東京大学 廣瀬 通孝:詳細は28ページ)
特集にあたってO plus E編集部
五感を操るバーチャルリアリティ技術
近年,話題となっているVR(Virtual Reality)や,AR(Augmented Reality)応用が進んでいる。そして最近では,VRとARの技術を発展させたMR(Mixed Reality)の進展が見逃せない。そこで2018年新年号では,VR,AR,MRに関しての基礎技術とその応用例について誌面の許す限り紹介することにした。まず,この分野の権威である東京大学の廣瀬通孝先生の「五感を操るVR技術 総論」にて,VRに関する基礎技術をわかりやすく紹介していただいている。先生によると,コンピューターによって合成された人工的な世界を,身体感覚をもって体験することを可能とする技術がバーチャルリアリティであるとおっしゃっておられる。また,VRは計算機工学と心理学の境界領域に存在する技術であって,心理学という言葉から連想されるのは「錯覚」であると説かれている。そして,錯覚は進化して生き残るために必要な機能であり,VR技術は,錯覚を積極的に活用していて,なおかつ,今後とも発展する領域を包含する技術・学問の候補のひとつであって,錯覚現象が今後のVR研究にとって,宝の山であることは間違いないと説かれている。廣瀬通孝先生の簡潔な総論をお読みいただくことにより,五感を操るバーチャルリアリティと脳の錯覚に関する本質の一端とをご理解いただけるものと思われる。
VRはコンピューター上に人工環境を作り出し,本当にそこにいるかのように感じさせる技術である。これを活用して,VR,AR,MRなどの技術においては,再生の際に,従来の立体映像再現時に使用されていた3Dメガネタイプをかけるのではなく,完全に目の周りを覆うゴーグル(ヘッドマウントディスプレイ:HMD〈Head Mounted Display〉)を着用するのが普通である。2016年は,VR体験できる製品の発売が相次いで出された年で,2016年10月に,ソニーからはPlayStationVR機としてVR応用のゲーム機が発売されているほどである。
VRでは,HMDの映像を見ながら
①現実では狭い室内を無限の空間に錯覚させる技術
② HMDを頭にかぶり,画面内の街を猛スピードで急上昇したり,上空から落下する感覚を体験できること
③ その体験が可能なアトラクション施設が,国内でも多数できている。池袋のサンシャイン60展望台,越谷市のイオンレイクタウンVR(Vertual Reality)センター,渋谷のシブヤVRランドby ハウステンボスなどがあり,大変な人気であること
などが,特徴として挙げられるが,最近では,その応用や活用の場が,さらに広くなってきている。コンピューターの処理能力が飛躍的に高くなっているので,風になびく髪の動きや,小鳥の鳴き声など方向性を持つ音と周囲の虫の音を一緒に表現できる立体的な音作りもできるようになっている。また,全天周カメラを使えば,現実の景色をVRに簡単に取り込める(本特集の最終項:ステレオアイ社の関谷隆司氏の記事参照)し,頭の向きや位置を30個以上のセンサーで追跡し,激しいスポーツを楽しんでも視界は揺らがなくなるような最新のHMDも実現されている。
特に人気なのが,世界旅行の仮想現実であり,まるでニューヨーク,ロンドン,ベルリン,アンコールワットなどを旅行しているかのような,リアリティある映像を楽しめ,新しい旅行のスタイルとして,旅行会社など関係企業で活用されはじめている。また,VRを使って,アパートやマンションなどの部屋の内見ができるという不動産会社のサービスも行われはじめている。
ARの分野では,2016年に「ポケモンGO」が大きな話題となったのは,読者諸兄諸姉もよくご存じのとおりである。ポケモンGOは,スマートフォンのカメラを通すと,現実の風景にポケモンが出現し,現実世界を舞台にしてポケモンを楽しむということで大きな人気を集めている。このように,ARは現実の世界にデジタル情報(画像・動画・音声など)を重ね合わせる技術である。
VRとARを発展したMR技術の複合現実は今後大いに活用される技術であろう。その例として,今注目を浴びているのは,コンピューターで作られた仮想世界の中に,カメラを通して受け取った現実世界の情報を反映させていく技術である。仮想のモノと現実のモノのどちらかに影響を与えれば,MRの世界に反映させることができる。MRでは空中にキーボードが現れて操作する等のSF映画のような体験も可能となる。さらに,VRでは医療とか歯科医療への応用でも注目を集めている。例えば,次のweb(http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/042007274/?ST=SP)では,MRを活用した歯科治療サービスが登場しているのをご覧いただける。本特集では誌面の都合もあり歯科医療関連の具体的な技術を詳しく紹介できなかったことが残念であるが,2017年4月,通信業界大手のソフトバンクグループと,歯科医療機器メーカー大手のモリタがMRを活用した歯科治療支援システムを発表しているのが話題となっている。このシステムの特徴は,患者の上部に複数のカメラを設置し,その映像にCTなどで事前に得たデータを重ね合わせられる点である。専用のゴーグルを装着すると,患者の歯に神経や骨,血管などの映像が重ねて表示される。傷つけてはいけない部分を視認しながら治療を行うことが可能である。また,穴を開けたり削ったりする際に,深さや方向が計画通りに進んでいるかの確認もできるという。このシステムの使用で期待されているのは,経験と感覚に頼っていた治療や手術部分を可視化できるということである。結果として,経験の浅い歯科医でも質の高い治療が可能となり,歯科サービスの向上につながると期待されている。
このように,普段の生活で目にするあらゆるものを,あたかも目の前に存在するかのように映像として体感できる技術が,VR,AR,MR技術である。すなわち,人間の視覚,聴覚,触覚,嗅覚,味覚を刺激してリアリティある表現ができるのが特徴であり,映像再現技術の進化によって,より現実に近いものを表現できるようになって,急激に普及が進んでいる。言い換えれば,人間の視覚,聴覚,触覚,嗅覚,味覚の五感に対してアプローチしているのがVRの特徴である。すでに述べたように,最新の技術ではリアルなものに近い表現力を実現しているが,更に,嗅覚や味覚に対してアプローチできるものが増えたことにより,技術的にも熟成されつつあると言うことができるかもしれない。
ゴーグル(HMD)では,右目用映像と左目用映像をそれぞれ分離して表示しているが,通常の生活でも,右目・左目それぞれに見える映像は微妙に違っている。その違いをゴーグル内のレンズで適切に表現することで,リアルな映像を映し出すことができる。また,ゴーグル内には,加速度センサーやジャイロセンサー,地磁気センサーが入っているので,これにより,顔の傾きや首を振る角度などを感知し,その動きに応じて適切な映像を表示する動作を行うことができる。例えば,下を向けば地面や床などが見えるわけであるが,その動きも適切に感知してゴーグル内でも同じように映し出すことができる。映像としては,360度あらゆる角度の映像素材が必要になり,その分だけ手間がかかるわけであるが,VR用素材を撮影するカメラの進化もあり,さほどコストもかからずにVRが実現できるようになっている(関谷隆司氏の記事参照)。一方,レンズ内でVRを表現していることが,立体視細胞と瞳孔間距離の調節と光の収束というアプローチを繰り返すため,吐き気を催す(いわゆるVR酔い)ことがあり,乗り物酔いと似たような症状を発生することがある(身体が発育途中の小学生低学年よりも幼少者には見せないほうが良いと言われているゆえんである)。
VR技術が活用されているジャンルの一つに,テレビゲームがある。その先駆けが, 前述したソニーのPlayStation VRであるが,ゲーム機への応用の他に,映画や360度映像コンテンツ(本特集では,関谷隆司氏が撮影方法について詳しく紹介)も数多く用意されている。フルHDによる有機ELディスプレイが採用されているものは,繊細な映像も忠実に再現できる能力を有している。
廣瀬通孝先生の総論にも明らかにされているように,VR,AR,MRなどの仮想現実は,いわば「脳をだまして錯覚を呼び起こす」手法でもある。したがって,脳をだます原理原則をまず知っていただくために,大阪大学情報科学研究科の安藤英由樹先生と明治大学総合数理学部の青山一真先生共著による「経皮電気刺激で創る多感覚」を記述していただいている。両先生の記述を理解していただければ,VR技術初心者にとっても,皮膚を通じての電気刺激が,視覚,味覚,触覚,加速度感覚,筋肉収縮,脳の前庭感覚等への刺激にどうかかわるかが理解できると思われる。
最近増えている心臓関連の病気や脳卒中等の疾患の原因の一つとされる冠動脈血管や頸動脈血管内部の血液の詰まりを少なくするための一つに,食べ物の塩分を少なくすることが必要である。しかし,これは当事者にとって食事の楽しみを奪うものであり,塩分のない食事は苦痛でもある。そこで,脳をだます応用の第1弾として「“Ghost taste”で変わる? 電気味覚が変える食体験」に関して,産業技術総合研究所の中村裕美先生に執筆していただいた。ここで言われる電気味覚は,この数年,AR/VR分野での味覚提示に活用されつつあるのだそうで,視覚や嗅覚により,味覚以外の感覚を用いて味覚をだますような方法,つまり,感覚間相互作用を活用したデバイスも提案されていると言われている。電気によって操作されるのは舌面中の味物質の移動,または人間が感じる味であり,飲食物そのものに調理加工を行ったり,その成分を変化させるわけではない。例えば,パルス電流実験において,20~50 uAと低い電流値で,かつ,パルス電流の周波数が約20~550 Hzの場合,被験者が塩味を感じるそうで,電流値が約40~120 uAで,周波数400~1000 Hzにおいては苦味を感じるという。さらに,電流値約80~120 uA,周波数500~750 Hzでは甘味,それ以外の刺激では基本的に酸味を感じるという興味深い報告も紹介されている。電気味覚を無塩料理に付加して食事を行うイベントもあったり,また,あごのところと首の後ろに電極を設置することで,口腔内に電極を設置しなくとも味覚を提示できたり,塩化Na水溶液を摂取したときに感じられる塩味の抑制と増強も可能であるとの報告もあって,とても興味深い。
続いて,五感の一つにとても大事な触覚がある。これに関しては,産業技術総合研究所の中村則雄先生に,脳をだます応用第2弾として「脳をだます3D触力覚技術~ハプティクスによるコミュニケーション革命~」と題する,大変興味深い内容を記述していただいた。HMDが容易に入手できるようになった昨今,HMDを見る機会が増えたことによって,VRを観察する人が,見えているものに直接触れることができない」という「違和感」が現実の現象とは異なるという世界を与えてしまう。すなわち,現実的には,物体に触れたときの表面のザラザラ感などの「皮膚感覚」によって触覚や圧覚が提示されるし,物体を握ったときの筋肉の緊張の具合や腱の状態からその硬さも理解できるわけであり,また,指関節の角度から物体の形状も知ることができるという「固有感覚」によって,力覚(力のフィードバック感覚)が示されているが,VRには,これらが無いという違和感があり,これを解消する研究が進んでいる。すなわち,人間には目の前に見えているものを触って確認したいという幼児期の衝動に似たものがあり,触ろうとするときの距離感や空間的な認知などにおいて,自分の身体的なモノサシを通して,相対的な位置関係,インタラクションによる自分との関係性や物性・材質等の探索的理解という対象物や外環境の理解が重要である。これら両方の感覚を合わせたものを意味する「ハプティクス(Haptics:触力覚)」を「広義の触覚」と中村先生は説明されている。ハプティクスは,ここでは大変重要な言葉である。また,物理的特質を理解するための三原触である①圧覚,②触覚,③力覚に関する情報提示と,反力を支えるベースがない形態でも空中で力覚を提示できる非ベース型もご自分で開発されておられる。特に,この点で,振動に対する感覚特性の非線形にもとづく錯覚現象を特許化されている。五感における映像も,音響も,触感・感触も,物理的な振動であり,すべて波動で表現されているのは大変興味深い。
応用の第3弾としては,仮想現実の具体的な応用例として,去る10月末に東京の帝国ホテルで開催された朝日地球会議2017に併設された展示会での「重要文化財建物の立体映像体験」に関してであり,実演された凸版印刷の佐藤祐一氏に,その体験を詳しく述べていただいた。特に,この地球会議での展示VRドームの体験を通じて得られた佐藤氏の知見が,今後のVRドームを開発する際に,同様な立体映像開発の方針が何かと参考になるものと思われる。すなわち,重量の重いHMDを使わないで,複数の人が同時にドーム内スクリーン(半径1.2 m程度)にプロジェクターと同期した立体視用DLPメガネ(TI社の1 chip ICによる左右メガネスイッチング切り替え方式)で立体画像を楽しむ場合(特に,今回対象とされた文化財建築物の立体映像を楽しむ場合など)には,建築物の詳細の観察用のディスプレイの解像度をもっと上げる必要があること。このためには4Kとか8Kのプロジェクターが必須であることやプロジェクターからドームへの映像広がり角度もある程度狭めたほうがよいという知見も大変参考になると思われる。プロジェクターの輝度も4000ルーメンでは低すぎることも判明したようである。今後のこの方面の技術の進展に期待したい。
最後に,「3DVR撮影(立体視360度撮影)の手法」として,その道のベテランである関谷隆司氏に撮影手法等をかなり詳しく述べていただいている。今回の特集が,読者諸兄諸姉にとって,少しでも役立つことがあれば,編集部一同のよろこびである。
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