OplusE 2011年7月号(第380号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
省エネ・自然エネルギー対応フォトニクス
- ■省エネと自然エネルギーフォトニクス
- O plus E 編集部
- ■LED の原理と照明応用における課題
- 東芝リサーチ・コンサルティング 波多腰 玄一
- ■LED 照明の商品技術動向と省エネルギー照明の実践方法
- パナソニック ライティング社 明星 稔
- ■LED 照明光学系設計の基礎
- タイコ 牛山 善太
- ■液体有機半導体を用いた有機EL素子の新しい可能性へ―フレキシブル,大面積照明への可能性―
- 九州大学 安達 千波矢
- ■地球環境と集光太陽熱発電
- コニカミノルタオプト 森 伸芳
- ■薄膜太陽電池の技術開発動向とその展望
- 大阪大学 太和田 善久
- ■太陽光発電の大量導入に向けた出力安定化技術―蓄電機能つき太陽電池
- 東京大学 瀬川 浩司
連載
- ■【一枚の写真】レーザーによる高速表面ナノ加工を利用した「かたちによる着色」
- 神奈川県産業技術センター 金子 智,東京工業大学 吉本 護
- ■【私の発言】若手は幅広くチャレンジしてほしい
- ニコン 市原 裕
- ■【第9・光の鉛筆】36 レーダー4 日本のレーダー開発2
- ニコン 鶴田 匡夫
- ■【波動光学の風景】第72回 74.スリット列の回折像
- 東芝 本宮 佳典
- ■【コンピュータイメージフロンティア VFX 映画時評】
- Dr.SPIDER
- ■【国立研究所は今】産業技術総合研究所 「新しい相変化型リライタブル光記録材料」光により選択的かつ可逆的に相変化する有機分子の開発
- ナノシステム研究部門 木原 秀元,吉田 勝
- ■【ホビーハウス】ステレオ写真の本(91)大きな4冊の英語の本
- 映像技術史研究家 鏡 惟史
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News
■New Products
■オフサイド
■次号予告
省エネ・自然エネルギー対応フォトニクスOplusE編集部
3月11日の東日本大震災により被災された地域の皆さま,関係の皆さまに,心よりお見舞い申し上げます。そして被災地の一日も早い復興を心より祈念申し上げます。この度の計画停電を経験し,われわれ日本人は電気に頼った生活に慣れてきていることをあらためて感じられた方も多かったと思います。福島第一第二原子力発電所の稼働停止のために東京電力管内の6 月初旬の夕方(16時~17時)の一時間のピーク時供給能力は4,240万kW に減っています。梅雨のために気温18°C と低かった6月2日のこの時間帯の管内の使用電力は供給能力ピークの80%の3,433万kWであるとテレビニュースは伝えています。雨がやむ日中の晴れの日の気温が29°C以上になるのが普通の関東地方が一斉にクーラーを動作させれば,たちまち100% 以上に達するのは容易に理解できます。これが,真夏になったらどうなるでしょうか? 各企業や家庭でクーラーを稼働させれば,たちまち供給能力の4,240 万kW をオーバーしてしまいます。消費電力が供給能力を上まわれば,直ちに自動的に停電するといわれます。そして3 月の東日本大震災時ならびにそれ以降に経験した停電と計画停電とに再突入することになります。
従って,政府は各家庭や企業での消費電力を昨年のマイナス15%に抑えるようにという要望を出しています。東京電力だけでも600~1,000万kWhの減量が必要と言われている消費電力の大幅な削減や,自然エネルギー源に対応したデバイス設置促進に向けた技術開発が加速されようとしています。そのような中,新たな省エネルギー対応の照明や,高効率な太陽電池などの開発が,今まさに見直されています。そこで本号では,LEDや有機EL,太陽熱利用も含めた最近の省エネ照明技術と太陽電池の最新情報を集めて本号の特集テーマとしました。
今年の節電目標を達成しなければなりませんので,自然エネルギーの活用のほかに,各家庭や各企業での省エネ対策が急務です。自然エネルギーは太陽光,風力,水力,地熱,波力などがありますが,今回の特集号では光エレクトロニクスという観点では太陽光を取り上げ,省エネではLED ランプ(LED 電球)を取り上げたいと思います。家庭用の従来の60W 電球をそっくり交換できるLED 電球は5W 前後の消費電力であり,直管型蛍光灯に代わるLED ベースライトは既設器具本体をそのまま残し,直管型LED ランプ,電源ユニット・ソケット・反射板のセットを取り換え,電源線を接続するだけで使うことができるものです。
まず第1稿に,東芝リサーチ・コンサルティング(株)の波多腰玄一氏に「LEDの動作原理とデバイスの課題」をお願いいたしました。LED電球の製品化が進み,LED照明技術が急速な進展を見せています。その背景には,LEDの内部量子効率向上ならびにLEDからの光の取り出し効率の向上のためのさまざまな技術開発があります。従来は,低価格用のLED生産では複雑なプロセスの導入が難しかったことから,LED半導体の屈折率が3.5程度ととても高く,光の全反射現象などの原因でLEDの光取り出し効率がかなり小さい値であったことに対して,今では内部量子効率および光取り出し効率のいずれも,原理限界にかなり近い値に迫ることができる技術開発がポイントのようです。LEDと白熱電球あるいは蛍光ランプとの大きな違いは,LEDが基本的に直流定電流駆動であるということにあります。そのため,照明用光源として家庭用100V電源で用いる場合には,回路を含めてさまざまな課題があるようです。明るさを変えられる調光方式では,電流を変化させて用いるための回路が必要となってしまいます。すなわち本来,定電流駆動デバイスですので,付加電子回路が必要なのです。また,LED電球では光とならない無効電流が熱となりますので,ヒートシンクのとり方という熱設計も極めて重要なようです。
第2稿として,パナソニック(株)ライティング社の明星稔氏に「LED照明の現状」を執筆していただきました。照明とは夜間だけではなく,屋内外にて人類に快適な営み空間を提供するためにあると述べられています。LED電球には,照明ハード面における発光効率の向上や取り出し効率向上ばかりでなく,色の見え方である演色性の向上が要求されています。同時に,照明ソフト面からは照明器具に,心理効果を含めて空間をいかに照明するかの配慮が求められてきているようです。前述しました大震災後の電力供給不足によって,さらに照明電力削減と適切な視環境の確保の両立を図りながら,より一層進展させる必要があることが述べられています。
第3稿には,オプティカルソリューションズセミナーにて基礎の講義をされておられる(株)タイコの牛山善太先生に「LED照明光学系の基礎」を執筆していただきました。光学系によって照明系の効率を上げるということは,光源から放射される光の広がりをできるだけ無駄なく取り込み,定められた被照明面区域に導くための基礎技術が必要でして,その基礎のところを述べていただいています。光源の比較的近傍においても明るさの分布や照明角度特性の精度の高い評価が求められるために,大量の計算が必要となること,また,複雑な発光特性の光源を扱うための計算や光源が数多く存在したり,拡散板やレンズの役割も同時に評価するため,パソコン等で稼働する照明系評価ソフトウエアについても述べていただいています。
第4稿の九州大学安達千波矢先生には,次世代照明として期待され,明かりと空間のあり方を一新する可能性を秘めた有機EL 照明について執筆していただきました。有機物に電圧をかけることで有機物自体が発光する現象は有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)といわれますが,有機物の分子構造の組み合わせは無限で,それぞれの分子構造により発色や耐久性が異なるようです。この種の研究は20年以上前から行われていましたが,照明やディスプレイの利用に適した発光効率や耐久性を持つ有機物が出てきたのは,ここ数年のようです。
有機ELは,基板上に薄い膜を重ねた構造になっていて,2枚の電極に有機物を挟み,ガラスやプラスチックの基板に載せただけの薄くシンプルな形状が特徴です。一般的にEL用有機物は3層から構成されていて,真ん中の発光層を挟んで,プラスとマイナスそれぞれの電極と接する輸送層があります。輸送層は電極から発光層へ向かう電荷をスムーズに運ぶ働きをします。有機EL に電圧をかけると,2つの電極からそれぞれプラスとマイナスの電荷を持つ「正孔」「電子」が発生します。両者が発光層で結合すると,発光層である有機物は「励起」と呼ばれる高エネルギー状態になり,これが元のエネルギーの低い安定状態に戻る際に発光します。寿命の長いリン光材料の開発は難易度が高く,特に波長の短い青色材料の開発は極めて困難だとされていました。光の三原色の1つである青色は,白色に発光する照明の開発には欠かせないようです。
以上の第1稿から第4稿はLEDや有機EL など今後の節電につながる技術について述べていただいたものです。
日本における発電量は液化天然ガス(LNG)と原子力がそれぞれ約30%,石炭が約25%を占めています。残りが水力と地熱発電,太陽光発電,風力等のいわゆる自然エネルギー発電です。6月2日に菅首相は福島第一原発事故の収束(原子炉を冷温・常時低温化し放射性物質の放出を大幅に抑える)を見届けたら首相を辞任する考えを明らかにしていました(野党や鳩山前首相は大災害復興基本法成立と第二次補正予算成立の7月までと言っているらしいです)。天然ガスは化石燃料の中では二酸化炭素(CO2)の排出量が相対的に少なく,発電量当たりの排出量は最近の発電技術の革新で石炭の4 割ほどまで減ったといわれていますし,ロシアやオーストラリアなど日本周辺で大規模ガス田が開発されたり,採掘技術が進歩したりしたことで,供給の安定性も格段に高まりつつあります。
わが国は地球温暖化対策を進める以上,いまさら,石炭や石油にも戻れません。必要な電力を確保するには,自然エネルギーの飛躍的な活用が欠かせないと思います。脱・原発依存への現実的な道としては天然ガス有効活用と並行して,再生可能エネルギーの促進策を大いに進めるべきでしょう。日本が国際公約とするCO2 の25%削減は技術的に可能という見方があります。それには,原発を新規に建設することは当分できないまでも,現在稼働している原発はさらなる安全策を講じたうえで継続使用し(現在の電力需給の関係上で,廃止することはできないでしょう),これからは天然ガス有効活用と自然エネルギーの積極的採用がポイントとなります。
電力に占める再生可能エネルギー(renewable energyとは,比較的短期間・自発的・定常的に再生される自然現象に由来し,極めて長期間にわたって枯渇しないエネルギー源であり,対義語は枯渇性エネルギー:石油,天然ガス,オイルサンド,メタンハイドレート等の化石燃料やウラン等の埋蔵資源を利用するものです)の割合を2020年代の早い時期に20%とする目標を菅直人首相はフランス滞在中に掲げています。本特集では再生可能エネルギーを長期間にわたって枯渇しないエネルギー源である自然エネルギーと読み替えて述べさせていただきたいと思います。
さて,上に述べた統計によりますと現在の自然エネルギーの割合の約15%を20%へと5%もアップしなければなりません。水力発電は個人的に小さな発電機を自宅周辺に設置するにしても,場所的に限りがありますし,大きな発電所ではダム建造に制約もあります。従いまして,今後,考えられる自然エネルギーは太陽電池と風力発電でしょう。後者は人口過密の日本では海上への建設が無難と思われます。残るは太陽エネルギー活用としての太陽電池の高効率化と薄型化,生産の低コスト化でしょう。
第5稿はコニカミノルタオプト(株)の森伸芳氏に「地球環境と集光太陽熱発電」と題して執筆いただきました。今後の人口増加とエネルギー使用量の増加に対応していくためには,温室効果ガスを出さないクリーンエネルギーへの移行が急務であることはほとんどの方が感じておられると思います。クリーンエネルギーの有力候補の原子力発電も,安全性と大量の核廃棄物という負の遺産を直視すると「クリーンエネルギー」とは言い難いですし,また,資源という観点からも化石燃料や核燃料は無尽蔵ではなく,人類の活動を持続可能とするエネルギー源が必要であると思います。持続可能エネルギーとして今後最も期待されるのは太陽エネルギーであります。将来的には核融合が実用化される可能性はありますが,手軽に安全に,かつ地球の熱収支のバランスを保って使えるエネルギー源は太陽エネルギーしかないと,ここでは裏付け資料をたくさん用いて結論付けています。
第6稿は大阪大学の太和田善久先生によります「薄膜太陽電池の技術開発動向」です。昨年閣議決定されたエネルギー基本計画では今後20年間に14基の原子力発電所を新設し,電気エネルギーの50%を原子力で賄い,再生可能エネルギーも20%に引き上げる計画でありましたが,3月11日の東日本大震災と大津波によって,この計画は抜本的見直しを迫られました。今後の原子力発電所の新設は極めて困難となり,再生可能エネルギーに頼らざるを得なくなってきています。
電力用のアモルファスSi太陽電池は1999年(株)カネカによって世界で始めて量産されたそうです。2000年以降ドイツで導入されたフィードインタリフは大規模な太陽光発電市場を創生しました。2004年になると結晶Si太陽電池の原料の高純度Si不足が顕在化したことから,薄膜系太陽電池の普及も始まったそうです。2009年には太陽電池の生産量が10,000MWを超えて巨大な産業へ成長を始めたようです。2020年代には半導体,FPD(フラットパネルディスプレイ)に次ぐ20兆円産業になると期待されています。
日本では毒性問題で生産が中止されたCdTe太陽電池が急速に生産を伸ばしました。一部の新規参入社は効率の高いタンデム型へ転換を急いでいるようです。米国First Solar社は10%前後の効率でCdTe太陽電池を安価に製造する技術を開発し,将来不要になったモジュールを買い取り保証するビジネスモデルで2004年過ぎから急成長を続け,一昨年は生産能力が1,000MWという世界最大の製造会社になっているようです。しかし,中国の結晶Si太陽電池メーカーSunTech社にトップの座を奪われ、2 位も中国のJA Solar社になり,1年で3位に転落するという激しい変化を生じているようです。薄膜太陽電池分野では日本のソーラー・フロンティアが化合物半導体である薄膜CIGS太陽電池の生産を開始し,今年春には900MWの工場建設が完成したそうです。CIGSは現在11%程度の効率のモジュールを生産,小面積ながら16%も技術ができているようです。12%品の出現は確実とみられています。薄膜Siタンデム太陽電池と性能,価格という点で競合していますが,現状では生産規模で薄膜Siを圧倒しつつあるようです。
こうした太陽電池市場の急成長は,ドイツ,イタリア等の欧州でのメガソーラー市場の拡大によるもので,日本では住宅用に限定されています。ところが,東日本大震災と福島原発の津波被害は日本市場も大きく変える契機となりそうです。津波で海水に冠水した仙台平野の面積は11,100haに達しますので,ここに太陽電池を設置すれば11,100万kWの太陽電池が設置可能となります。福島原発から漏出した放射性Cs137で汚染され,稲の作付けが政府によって禁止された耕作地の面積は10,000ha にもなります。放射性Csの半減期は30年ですので,事実上30年以上の稲作は不可能です。ここにも1,000万kWの太陽電池が設置できることになるそうです。仙台平野と合わせると2,100万kWの太陽光発電所が生まれることになります。わが国の原子力の総発電能力が4,800万kWであることを考えると,存在感のある規模ではありませんかと太和田先生は述べておられます。東日本大震災の復興事業としてすぐに着手可能であり,また大きな雇用をこの地域に生むことができるものです。この規模になると他の太陽電池を抑えて,薄膜Si太陽電池しか供給できないであろうといわれます。薄膜Si太陽電池に期待が集まるゆえんです。
本特集の最後は第7 稿,東京大学瀬川浩司先生の「蓄電機能付き色素増感太陽電池」です。これは非常に特徴のある太陽電池でして,最近,薄膜化に成功されたようです。光エネルギーを化学エネルギーに変換後,電気エネルギーに変換しています。この太陽電池の特徴は電解質が1種類のため,セルの容積・厚さ(0.5mm以下)の減少が実現できること,微量の蓄電作用を持つことから,カードに埋め込み,無線識別(RFID)タグへの電力供給ができることであり,ホールを貯蔵する材料として導電性高分子の一つであるポリアニリンを用いた新型の光二次電池を作成できたところがポイントのようです。新しい用途の開拓が期待されるところです。
太陽電池やLED の応用の一例として,3件ほど列挙しますと,1. ソニーが新方式の裸眼3D液晶を開発したことが報道されています。導光板とLEDで視差バリアーを形成している技術です。2. パナソニックが藤沢の冷蔵庫工場跡地に,1,000戸の太陽・蓄電池を備えた環境タウン構想を発表(5 月27日朝日新聞),3. 東芝が環境都市関連事業に不可欠な通信機能付きの電力計「スマートメーター」などの社会インフラ事業にも力を入れると報道(5月25日朝日新聞),などです。大震災と福島第一原発事故以降に光エレクトロニクス関連事業も大きく変わろうとしています。本特集がO plus E の読者に省エネルギーの神髄や自然エネルギー活用の考え方をくみ取っていただければ,編集部の喜びとするところです。