OplusE 2013年5月号(第402号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
広がるレーザー応用
- ■レーザーでしかできない応用の実用化を目指して
- 慶應義塾大学 理工学部 神成 文彦
- ■レーザー核融合の実現に向けて
- 大阪大学レーザーエネルギー学研究センター 白神 宏之
- ■新軽量素材CFRP複合材料のレーザー加工
- 最新レーザ技術研究センター 沓名 宗春
- ■レーザーピーニングによる大型構造物の長寿命化
- 東芝 電力・社会システム技術開発センター 佐野 雄二
- ■レーザーによるコンクリート健全性の評価
- レーザー技術総合研究所 島田 義則
- ■構造物を見守る光ファイバーセンサー
- 千葉工業大学 工学部 建築都市環境学科 岩城 英朗
- ■3次元高出力レーザー走査による原子力関連施設の完全放射能除染
- 若狭湾エネルギー研究センター 研究開発部 峰原 英介
- ■悪性脳腫瘍に対するPDT
- 東京医科大学 医学部 脳神経外科学 秋元 治朗
- ■PDTの不整脈治療への応用:PDTアブレーション装置の開発
- 慶應義塾大学 大学院理工学研究科 基礎理工学専攻* 慶應義塾先端科学技術研究センター** アライ・メッドフォトン研究所*** 高橋 芽意*,小川 恵美悠*,伊藤 亜莉沙**,***,荒井 恒憲*,**,***
- ■チップの中へ光ネットワーク技術を~ICTの省エネ化を目指して
- NTTナノフォトニクスセンタ/NTT物性科学基礎研究所 納富 雅也
連載
- ■【一枚の写真】太陽光発電する布地
- 福井県工業技術センター*,*,スフェラーパワー** 増田 敦士*,村上 哲彦*,笹口 典央* 中田 仗祐**,中村 英稔**,稲川 郁夫**,大谷 聡一郎**,長友 文史**
- ■【私の発言】研究の醍醐味は未踏の荒野を探し当てること
- 東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 教授 香取 秀俊
- ■【第10・光の鉛筆】17 非点光線束の追跡10 Gleichenの乱視用レンズ近似理論
- 鶴田 匡夫
- ■【波動光学の風景】94 96.球面調和関数
- 東芝 本宮 佳典
- ■【光エレクトロニクスの玉手箱】第3章 電子とは何者?(その2)
- 伊賀 健一,波多腰 玄一
- ■【コンピュータイメージフロンティア VFX 映画時評】
- Dr.SPIDER
- ■【研究所シリーズ】海洋研究開発機構 深海底調査を新たな展開へ―海中3Dレーザースキャナーの開発
- 海洋工学センター 海洋技術開発部 探査機技術グループ:石橋 正二郎
- ■【ホビーハウス】車内吊り広告が炎上? 「だまし絵」が街のあちこちに
- 映像技術史研究家 鏡 惟史
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News/「光学」予定目次
■New Products
■オフサイド
■次号予告
レーザーでしかできない応用の実用化を目指して慶應義塾大学 理工学部 神成 文彦
特集のポイントを披露する前に,少々教科書的になるが,レーザーのコヒーレンス(可干渉性)特性をおさらいしておきたい。レーザーの特徴であるコヒーレンスには,大きく分けると空間的コヒーレンスと時間的コヒーレンスが独立に存在する。さらに細かく記述すると4 種類のコヒーレンスを定義できる。時間軸上での位相の連続性の良さを「時間的コヒーレンス」という。位相の連続する平均時間をコヒーレンス時間と呼び,単色性に優れたレーザーは,時間域で長いコヒーレンス時間を有する。モード同期レーザーによる超短パルスが広く応用されているので,「周波数コヒーレンス」という概念の導入も重要である。すなわち,広帯域な周波数モード間で位相相関が良い光が周波数コヒーレンスの高い光である。モード同期とはレーザーの縦モードが利得スペクトル内で位相相関性をもつことであるので,まさしく周波数コヒーレンスの高い光である。
光の進行方向に垂直な面上での位相のそろい方を「空間的コヒーレンス」という。大きいビーム断面内で位相相関が保たれている光は高い指向性を示すことになる。これはビーム径の大きい平面波は回折広がりが小さいことに対応する。空間コヒーレンスの悪い自然光は指向性が悪くなる。周波数コヒーレンスと同様に,「波数コヒーレンス」も定義できる。光ビームを横方向波数の異なる平面波の重ね合わせとして表したとき,異なる波数成分間の位相相関が定義できる。波数コヒーレンス長の逆数はビーム幅になる。したがって,レンズを用いてビームを集光している状態がこの波数コヒーレンスの高いビームである。
時間的コヒーレンスと空間的コヒーレンスは全く独立である。一方のコヒーレンスが高くて,他方のコヒーレンスが低い場合もありうる。空間的コヒーレンスは,光の伝播あるいはレンズなどによって変化する。時間的コヒーレンスは,フィルターなどでスペクトルを整形しなくては変化しない。
このように,レーザー光における自然光との違いは,これらの時空間コヒーレンス性に基づくものである。レーザーが発明され50 年余りが経過した今,社会で応用されているレーザーにはどのような特徴のものが利用されているかを見てみると,やはり,微小空間にエネルギーを集中させて材料との相互作用を誘起させる現象がほとんどを占める。材料との相互作用という点で,波長の選択はあるものの,ほとんどが空間的コヒーレンスの利用である。ただし,空間的コヒーレンスがあまりに高すぎると,照射面でスペックル干渉のような効果が現れてしまうため,コヒーレンスをあえて劣化させて干渉効果を抑制することが必要な場合も生じる。レーザープロジェクターのちらつき抑制や,レーザー核融合におけるランダム位相プレートの導入はその典型的な例である。本号では,O plus Eの光学特集テーマで時折使われる「ちょっと気になる…」という見方で分野を限定せずに,現在そして未来の生活に密接した部分で重要な役割を果たすレーザー応用を取り上げた。
レーザー核融合は,小生が大学でレーザーの研究室に進んだ当時の憧れのサイエンスであった。いつの間にか磁場閉じ込め核融合も含めてエネルギー問題を解決する救世主的な話題としても挙がらなくなって来た感があるが,昨年,米国のNational Ignition Facilityにおいて,これからのレーザー核融合の趨勢を左右する爆縮実験が行われたことはほとんど知らされていない。実は結果からはまだ出力不足であったのだが,次のステップをむしろ期待視する見方もある。一方で,欧州,中国では数10~100ペタW 級の巨大レーザー装置の建設が急ピッチである。レーザー核融合の将来は? そして,高強度レーザー物理で何が明らかになり,人類にどういった恩恵をもたらすのであろうか。サブミリサイズの燃料ターゲットにレーザーを均一に集光させて爆縮加熱させるレーザー核融合は,空間的コヒーレンスの応用であるが,加熱用にはフェムト秒の超短パルスレーザーを用いる高速加熱の構想が進んでいる。空間域,時間域のコヒーレンスの集大成で地上に“太陽”を発生できるのであろうか。
エクサW級の出力が必要な核融合用レーザーは別格として,エネルギーを微小空間に集中させることでレーザーでしかできない熱的相互作用を誘起する応用例としては,リモート溶接,レーザー切断以外にも多くの例がある。切断といえば,近未来の電気自動車用の軽量車体には欠かせないカーボン繊維素材の加工に最近注目が集まっており,国プロとして進められているファイバーレーザー開発の出口応用として期待されている。カーボン繊維自体は日本メーカーの強い分野らしいが,現在は水ジェットでせん断されている。これをシングルモードの高出力パルスファイバーレーザーで切断しようというものである。光源開発は本特集号では取り上げていないが,日本の光ファイバーメーカーがすでにkW 級のシングルモードレーザーを開発中である。最近のニュースでは米国のオバマ政権が3 次元プロトタイプ製造機の開発研究に国力を挙げて取り組んでいるが,そこでもファイバーレーザーの高い空間コヒーレンス性はキーとなろう。
レーザーピーニングという言葉は聞き慣れないことと思うが,これは圧力容器などの強度増強のために局所的な機械歪みをレーザーで逃がす手法であり,レーザーのエネルギー応用の成功例の1つである。原子力発電用の炉容器など,当該技術を輸出する際には不可欠な要素技術である。構造物がらみでもう2つの応用を取り上げた。山梨県・笹子トンネルの天井版崩落事故の記憶は新しいが,リモートで構造物の機械強度を検査する手法は広く必要とされている。レーザー誘起音響波発生法は,乳がん検査等への応用も期待されている手法であり,異常点発見の空間分解能がレーザー集光サイズに対応するので非常に優れている。乳がんの場合には,容易にレーザーをスキャンしたり,検出器をアレイ化することが容易な検査対象のサイズであるが,巨大構造物でその部分をどのように対処するのかは,挑戦に値する研究開発である。一方,レーザーをファイバーに閉じ込めることで,信号の取得,空間的位置の検出は容易になる。ファイバー伝播光がファイバー周囲の温度,圧力によって変調あるいは散乱される原理を用いたファイバーセンサーはすでに実用化されている。すべての構造物にこの手法を適用するにはコストと構造体製作技術の課題が存在するのであるが,こういった機械的インテリジェント構造体は地震国である日本が先導すべき分野に間違いない。
今回は,レーザーアブレーションを用いた構造物等表面の除染にも触れた。レーザーアブレーションは,電子部品のマーキングをはじめとして短波長パルスレーザーの応用としては成功例の1つであるが,リモートに放射線量の高い環境で除染するような用途に使用できないものであろうか。思い出すに,震災で原発事故が起きた折に,それまで日本中で開発されていたであろうロボットは何もできなかった。空中から水を散布して冷やすことさえも難儀した。煙が水蒸気なのか火災なのかを計測することもできなかった。レーザーレーダーなどは原理的には可能でも実機がなかったのである。米国は,研究開発の最後の段階では実機を軍等に納品させるまでを課すが,日本では技術はあってもすぐには使えない状況にあることが痛いほど思い知らされた。
さて,高齢化社会を迎えるに当たって,医療技術へのレーザーのさらなる応用は誰もが願うところである。辛口かもしれないが,高齢者のためではなく,少なくなる勤労人口の確保,幼少時の救命治療のためである。しかし,実験室でのレーザー治療の成功から認可が下り,保健医療が適応されるまでの道のりは非常に長いと聞く。今回ご執筆いただいた東京医科大学脳神経外科の秋元治朗先生のグループは,悪性脳腫瘍に対するレーザー治療を医師主導で保険認可承認までこぎ着けるパワフルな治験を達成され,レーザー医学会総会の総会賞を受けられている。医工連携という言葉はよく聞く。医法連携,医経連携等,医学を中心にした技術,産業構造の構築もまた,世界に先駆けて超高齢化社会を迎える日本が先導すべき分野であろう。また,カテーテル治療の恩恵は周知であるが,イメージ計測としての光学だけではなくエネルギー源としてレーザーを用い事業にまでこぎ着けようという逞しいご研究をベンチャー会社を立ち上げて奮闘しておられる荒井恒憲先生にご紹介いただいた。
最後は,情報通信における光技術の位置づけである。現在は,電気制御時間分割多重技術のさらなる高速化という視点でのブロードバンド時代の立役者としての光制御光通信技術であるが,省エネの視点から光制御以外には考えられないというのが納富雅也氏の結論である。2009 年1 月,英日曜紙The Sunday Timesが米物理学者の調査として掲載した記事がある。調査は米ハーバード大学で物理学を研究するAlex Wissner-Gross 氏が実施したもので,同氏は,Googleは世界各地で巨大なデータセンターを運用しており,これらを利用した検索実行には莫大な電力を必要とすると指摘した。このためネットで1 回検索すれば、二酸化炭素(CO2)7 gを排出したことになり,お湯を沸かした際の半分に当たるとの試算を示した。Googleはこれに対し,検索1 回当たりのCO2排出量は約0.2 gにすぎないとした上で,ネット検索は外出しなくても有用な情報を一瞬にして大量に取得できる。自動車で1 km 運転すれば,Google 検索の1000 回分の温室効果ガスを排出すると反論している。検索時間にもよるが1 回の検索で1 kJの消費エネルギーというのはそれ以降のおおよその指標になっているようである。モバイル端末が普及しパケット伝送の容量が巨大化することイコールCO2 問題,反省エネ問題になることは声高らかには報じられない。光回路は何ができるのか。レーザーのコヒーレンスそのものを生み出す光共振器そのものが救世主たるのか,納富氏の試算は非常に説得力がある。
レーザーが4 種類のコヒーレンス性を組み合わせて本当に力を発揮するのは,まさにこれからである。ただ“レーザーでもできる応用”ではダメで,少々値段は高くなっても“レーザーでしかできない応用”でなければモノにはならない。少々原理が難しくても,条件出しに精度が必要でも,それはソフトウエアでカバーできるし,しなくてはならない。そんな開発マインドを再燃させてくれそうな特集号に仕上がっていたら幸いである。
広告索引
- (株)インフラレッド402-010
- エドモンド・オプティクス・ジャパン(株)402-997(表3対向)
- FITリーディンテックス(株)402-009
- オーシャンフォトニクス(株)402-003(表2対向)
- オーテックス(株)402-999(表4)
- (株)オプトサイエンス402-014
- コヒレント・ジャパン(株)402-002(表2)
- (株)システムズエンジニアリング402-008
- (株)ティー・イー・エム402-012
- (株)ティー・イー・エム402-015
- (株)東京インスツルメンツ402-007
- (株)日本ローパー402-016
- フルウチ化学(株)402-011
- 三鷹光器(株)402-013