OplusE 2021年7・8月号(第480号)
- 目次
- 特集のポイント
- 広告索引
特集
デジタルレーザー光制御
- ■特集にあたって
- 慶應義塾大学 神成 文彦
- ■レーザー光制御用デバイスとその応用―LCOS-SLM, MEMSミラー―
- 浜松ホトニクス 高橋 宏典,福智 昇央,渥美 利久
- ■紫外レーザー用LCOS型空間光変調器
- santec 桜井 康樹
- ■空間光制御レーザー加工機用ホログラフィック光学エンジンとその社会実装
- 宇都宮大学 早崎 芳夫
- ■光の時空間強度分布制御に基づく蛍光イメージング技術
- 理化学研究所,京都大学 磯部 圭佑
- ■空間光変調器を用いたコンピュテーショナルイメージング
- 東京大学 堀﨑 遼一
特別企画
- ■IEEEエジソンメダル受賞記念インタビュー
- 東京工業大学名誉教授 伊賀 健一
- ■画像センシング展2021 特別招待講演
- 野田プラスチック精工 野田 浩輝
- ■画像センシング展2021 特別招待講演
- 東京理科大学 阪田 治
連載
- ■【一枚の写真】光でつけ外しできる可逆接着剤
- 産業技術総合研究所 伊藤 祥太郎
- ■【oe 玉手箱のけむり】その14 半導体のゆくえ
- 伊賀 健一
- ■【私の発言】何をしたら自分が活かせるかということを常に考え,行動することが大切
- 東京大学 名誉教授 高増 潔
- ■【輿水先生の画像の話-魅力も宿題も-】第22回 画像AI 研究から頂いた諸子百家のメッセージ(5/小林秀雄)-研究開発の“うひ山ふみ”への着火剤-The Fifth on Hideo Kobayashi: Messages from Hundred Schools of Thought to Image AI novice Researchers- Some Initiators for R&D “UI-YAMAFUMI” People –
- YYCソリューション/中京大学 輿水 大和
- ■【撮像新時代CMOSデジタルイメージング】第3回 技術動向:CISの機能進化(2)
- 名雲技術士事務所 名雲 文男
- ■【レンズ光学の泉】第1章 結像の自由度 1.3.4 物体移動による歪曲収差
- 東京工芸大学 渋谷 眞人
- ■【研究室探訪】vol. 22 成蹊大学 知的インターフェース研究室
- 成蹊大学 知的インターフェース研究室
- ■【国立天文台最前線】第20回 長期観測で太陽の謎に迫る三鷹太陽地上観測
- 荒舩 良孝
- ■【ホビーハウス】身近な光学(鏡とシャボン玉)の話題から
- 鏡 惟史
- ■【コンピュータイメージフロンティア】『妖怪大戦争 ガーディアンズ』『ブラック・ウィドウ』ほか
- Dr.SPIDER
- ■【ホログラフィ・アートは世界をめぐる】第22回 国際ディスプレイホログラフィーシンポジウム・ISDH― 始まり・レイクフォーレストカレッジ ―
- 石井 勢津子
コラム
■Event Calendar■掲示板
■O plus E News/「光学」予定目次
■New Products
■オフサイド
■次号予告
表紙写真説明
浜松ホトニクスは1980年頃に空間光変調器(SLM)の研究開発に着手し,さまざまなSLMを製品化してきた。その過程で高精度・高効率・高耐光を目指して位相変調用に専用設計したLCOS(Liquid Crystal On Silicon)型のSLMを開発して2007年に製品化し,その後も改良を続けている。LCOS-SLMの構造を図に示す。コンピューターからの8ビットデジタル画像データをドライバーにおいてアナログ電圧に変換し,これをSLMの電気アドレス回路に伝送することによって,各画素での光の位相をデジタル制御している。デジタル制御によって,自由度と精度の高い位相変調が可能になっている。(関連記事「レーザー光制御用デバイスとその応用―LCOS-SLM, MEMSミラー―」浜松ホトニクス 高橋 宏典 ほか:詳細は364ページ)
特集にあたって慶應義塾大学 神成 文彦
デジタルレーザー光制御
デジタル制御によるレーザー発振器の特性制御はかなり限定的である。空間モード特性は境界条件とMaxwell方程式から決まる共振器の固有モードであり,任意の強度・位相モードは発生できない(正確には,空間位相特性を変調できる回折光学素子を共振器内に挿入して境界条件を変えることで固有モードを整形する例は存在する)。導波路型レーザーであれば制御しなくても最低次モード発振が維持できるので,むしろ制御そのものが不要である。一方,時間域特性も,レーザー媒質の誘導放出断面積(利得)スペクトル,上準位寿命と共振器から決まるものであり,自由に発振特性そのものを任意に時間変調はできない。ただし,半導体レーザー,および半導体レーザー励起固体レーザーなどは,低周波数から緩和発振周波数までであれば,注入電流あるいは励起光の変調で発振光の時間制御は可能である。レーザー共振器の縦モード周波数の安定化には,たとえば縮退パラメトリック発振器や共振器の周波数をパルス入射光に同調するような場合には,エラー信号を検出してPID制御する手法は用いられてきた。しかし,いずれの場合においても,レーザー共振器物理にレーザー発振光は正しく従うので,共振器の時空間特性をデジタル制御で任意の動作特性に可変制御することはできない。しかし,いったん共振器から出力され共振器物理の拘束条件から逃れた光波に対しては多様な制御が可能となる。レーザー光を平面波近似した場合,空間強度・位相分布,偏光分布,時間域強度包絡線(パルス波形),中心周波数,瞬時周波数(時間域位相)といった物理量が可変パラメータである。数サイクル超短レーザーパルスにおいてはキャリアエンベロープ位相がさらに加わる。
これらのパラメータをデジタル的に制御できる素子が,本特集で取り上げた空間光変調器である。動的な光変調を可能にする素子は,歴史的に電気光学素子,音響光学素子,ガルバノミラー等があるが,多数のピクセルから構成され個々の特性を電気信号でデジタル制御できる空間光変調素子は,レーザー光を共振器外で制御するために80年代以降広く利用され,その実用化が定着している。歴史的には,光書き込み型光学結晶から始まり,強誘電体液晶材料を用いて高速に2値変調可能な2次元アレイ型空間光変調器を経て,今日では,表示装置として進化した液晶を用い,デジタル的に位相を広範囲に制御可能な液晶空間光変調器が製品化されるに至っている。また,90年代以降はプロジェクター等に使用されているMEMS構造から成るマイクロ鏡アレイ,機械的に鏡面を成形するディフォーマブル鏡も汎用的な制御デバイスとなっている。
特に近年,レーザー光用にも広く利用されている液晶空間光変調器は,プロジェクター用に開発されてきた,高移動度で微細な電界効果トランジスタを形成しやすいシリコン単結晶基板上に,垂直配向液晶が形成されたLCOS(Liquid Crystal on Silicon)であり,シリコン基板が不透明であるため鏡を内蔵した反射方式で用いられる。本特集では,国内の製造メーカー2社から解説をいただいている。
液晶空間光変調器の光制御の歴史において外せないのが,フーリエ光学とそれを用いた空間域の相関計測などのアナログ光計算手法である。レンズのフレネル回折を用いると,容易に光学的フーリエ変換が可能になることを利用して,フーリエ面で空間周波数特性を液晶空間光変調器でプログラムし,ほぼ任意の空間強度(あるいは位相)分布を整形する手法は,コンピューター生成ホログラムとも呼ばれる。こういった空間ビーム特性制御は,光ピックアップにおける波面補正においてすでに実用例があり,さらに今日では,広いレーザー照射加工面で一括した加工パターンを整形する手法として成熟した技術となっている。空間周波数面での位相変調のみで加工面での強度分布を所望のパターンに整形する手法は,Gerchberg-Saxton法1)に代表される,まさに今はやりの最適化アルゴリズム法が古くから用いられ,さらには実験装置内で閉ループ的に位相パターンを最適設計する手法も汎用化している。本特集ではホログラフィックレーザー加工における加工パターン設計と実際の加工特性について,オンデマンド型の多品種・少量レーザー加工のプラットフォームを紹介いただいた。その他にも,光渦ビーム発生およびその光ピンセット制御への応用なども近年注目されている応用である2)。
このレーザー光の空間強度・位相特性を任意に整形する手法は,近年のコンピュテーショナルイメージング(Computational Imaging)や蛍光顕微鏡などに取り入れられ,非常に機能性の高い光計測法の実現に効力を発揮している。THz電磁波のようなカメラによる直接イメージ撮像の特性にまだ課題がある波長帯において,直交関数的空間パターンを多数用いて点検出したデータセットから,もとのイメージを再構築することが可能になっている3)。照射光の空間位相特性を適応制御することで,散乱体を介したイメージングが可能になる例も報告されている。本特集では,深層学習用の合成ホログラフィー応用,高速ゴーストイメージングを用いたフローサイトメトリー,また,蛍光顕微鏡技術として利用されている,波面補正のための補償光学,空間分解能を飛躍的に向上させるために空間周波数変調を与える構造化照明法,また,細胞の任意位置に光刺激を与えるための強度分布整形などの,最先端の研究動向について紹介いただいている。
一方,光学的フーリエ変換では,分光器の原理である時間域のフーリエ変換も可能である。回折格子やプリズムなどの波長分散素子とフーリエレンズを用いることで,時間周波数が空間軸に展開したフーリエ面を形成できる。ここでも,液晶空間光変調器で各周波数の振幅・位相をプログラムし直すことで,逆フーリエ変換後の時間波形そのものを整形することが可能となる。ここで言う時間波形とは,ファンクションジェネレータのような光パルスの電界包絡線形状の整形だけを指すのではなく,時間位相特性,すなわち,瞬時周波数の整形も可能である。超高速光技術において重要となる周波数チャープ特性(群速分散特性)を整形,あるいは補正する応用に広く用いられている。ただし,フーリエ面においてプログラムし直すにふさわしい広帯域性が必要であることから,対象はフェムト秒レーザーパルスの時間波形整形や,低コヒーレンス光のコヒーレンス関数整形が対象となる。さらには,フェムト秒レーザーパルスの直交する偏光軸で各々時間波形を整形して合波すれば,瞬時の偏光特性を整形することも可能となる。
このレーザー光の時空間デジタル制御の技術は,現状の可視,近赤外域からより短波長帯,長波長帯に展開していくことが望ましいが,液晶材料自身,また,駆動するための電極の光反射特性等の開発が重要となる。さらに,それらは高い光強度においても支障なく動作することが望ましく,耐光強度特性の向上は,現状の可視,近赤外域用の液晶空間光変調器においても重要な研究開発項目である。その点において,原理的に鏡面を空間的に機械制御するMEMS鏡,ディフォーマブル鏡は今後も併用されていくことであろう。
本特集では取り上げていないが,近年の自動車の自動運転あるいはドローンを用いた小型測距用に空間光ビーム走査用の光フェーズドアレイが精力的に開発されており,これも一種の空間光変調デバイスと言えるであろう。フェーズドアレイは,複数の発光素子の位相を個々に制御することで,素子全体の放射パターンを干渉効果で制御する原理である。特に近年は,コンパクトな導波路型フェーズドアレイ光源が開発されている4)。これらの車載用光フェーズドアレイは,その消費電力,動作速度の点から電気変換効率が高く,動作電圧の低い電気光学効果材料が求められており,電気光学ポリマーもその候補として研究されている。一方,電子ホログラフィーによる立体ディスプレイも,今後が大いに期待される空間光変調器の民生応用である。近年,8Kテレビは横7680画素,縦4320画素の高解像度液晶空間光変調器を用いているが,画素ピッチは4 μmである。空間中に大きな3次元像を再生するのには,大きなサイズ(画素数)でピッチが1 μm以下の空間光変調器が必要となる。液晶デバイスを1 μmピッチで高解像度化する今後の技術開発が待たれる。一方で,実効的な画素数は,強誘電性液晶や高速MEMS鏡を用いた高速空間光変調器によって補う手法も研究されている。
このように,空間光変調器はレーザー光の機能性を多様に高めるだけではなく,多機能センシングによるビッグデータ取得,そのAI処理による結果を人間との視覚的インターフェイスで伝える社会システムにおいて欠かせない重要なデバイスであり,今後の開発動向に注目していきたい。
参考文献
1)R.W. Gerchberg and W.O. Saxton: “A practical algorithm for the determination of the phase from image and diffraction plane pictures”, Optik, Vol. 35, pp. 237-246(1972)
2)T. Otsu, et al.: “Direct evidence for three-dimensional offaxis trapping with single Laguerre-Gaussian beam”, Sci. Rep. 4, 4579, pp. 1-6(2014)
3)M. Edgar, G. Gibson, and M. Padgett: “Principles and prospects for single-pixel imaging”, Nature Photonics, Vol. 13(1), pp. 13-20(2019)
4)J. Sun, et al.: “Large-scale nanophotonic phased array”, Nature, Vol. 493, pp. 195-199(2013)
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