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第17回 台湾交流録 part 3 ホログラフィーアート講座の始まり

予期せぬ提案


 前回(2007年3月)の訪問から帰国して間もなく,Dr. Hsiehから再びメールが届いた。画家でもある副学長からの提案が伝えられた。師範大で1年あるいは半期の講座を担当できないか,滞在中にアート制作もしてはどうかという内容だった。大学は二学期制で,集中講座もある。いくつかのオプションが提示された。講座は1コマ3時間,12週で2単位,18週で3単位だそうで,これは当時私が国内で担当していた1コマ100分,期末試験を入れて16週で2単位に比べ,コマも長く,総時間数も多いことを知った。後に実体験したが,100分授業に慣れた私には3時間の講義は結構きつい。閑話休題。総合大学なので,何をテーマに教えたいかも尋ねられた。あれよあれよと話が勝手に進んでいくようで,私は少し慌てた。当時,私は複数の大学で,非常勤で週一の講座を担当していた。近場であれば,講義を1コマ増やせば済む簡単な話だが,まさか毎週台北に通うわけにはいかない(経済的に許されるなら,片道4時間のフライトで,週1泊の講義に通うことは物理的に不可能な話ではないが(笑)。)。再び台湾を訪問できる絶好の機会で,私はうれしかったが,一学期間とはいっても長すぎた。一瞬,“1年間台湾滞在?”に少し心は揺れたが,いやいやまったく無理な話と正気に戻り,Dr. Hsiehに現在のこちらの事情を説明し,短期の集中講義なら可能であると返事をした。Dr. Hsiehのラボにはすばらしい光学設備が整っていることを知っていた私は,迷うことなく,講座内容はアートホログラフィー,そして,学生にはアートホログラムを制作してもらうことを提案した。結局,その年(2007年)7月末から8月はじめの2週間,計18時間の夏期集中講座が決まった。学生は1単位を取得するコースである。

毎朝通勤気分 in 台北


 講座は原理の講義にはじまり被写体製作ホログラム作成実習まで行う。私見だが,ワンステップ銀塩反射型は明るい画像を得がたく,再生色も退屈である。そこで,白色再生可能なワンステップのレインボウホログラムの制作を提案した(図1)。使用した記録材料は4×5インチ銀塩乾板である。Dr. Hsiehとの共同講義だが,博士課程の学生が実験助手として手伝ってくれることになり一安心した。私は,暗室の現像処理作業が退屈で,忍耐を要するので苦手だった。講座は光学実験設備(図2)のある公館キャンパスの光電研究所で行う。講義は英語である。実は私は不得手で苦労話に事欠かない。ドイツであるときアーティストトークをすることになった。主催者は現地在住の日本人を通訳にと呼び,私は日本語でホログラフィーアート論を話しはじめた。ところが,私の話す内容を通訳が理解する時点でつまずいてしまった。アートもテクノロジーのバックグラウンドもなかったため,日本語で会話しているのに話の内容がまったく通じないのだ。そのとき会場にいた1人が,「アーティスト自身の直接の言葉で話が聞きたい。流暢でなくても本人の言葉のほうがより真実を伝えられる。」と提言して,結局私はうまくない英語で対処した。英語でネイティブの人(英,米,豪など)とのコミュニケーションはなかなか難しいが,外国語の者同士ははるかに通じやすい。これらの経験から勇気を得て講義している。Dr. Hsiehには必要に応じて現地語で補足してもらうが,一般的に台湾の学生たちは英語力がある。小学生から英語の授業を受け,ゆとりのある親は子供を海外に留学させることをいとわないお国柄にも助けられている。
 被写体製作には事前に適当に材料を準備し,受講生たちに材料を使って自由に創作させる。彼らのほとんどはホログラフィーの予備知識はなく,撮影可能な被写体の仕上げを指導するのに苦労した。講義の時とは一変し子供の工作教室のように,嬉々として実習や実験に臨んでいた。事前に組まれた光学系を使い,暗い実験室の中での感材の取り扱いとセッティング,撮影そして現像作業などを体験させた。最終日には実験結果を一堂に並べ(図3 (a)),全員で批評会を開いた(図3(b))。ホログラムのワークショップに携わる時,いつも感じることだが,初めて自分で制作したホログラムを見たときの人々のリアクションは,年齢,職業,国を問わず,皆一様に喜び感動する様子がうかがえる。彼らを眺めているとこちらまでうれしくなり,それまでの苦労を忘れさせてくれる。
 講座が開講した公館キャンパスはメインキャンパスからバスで10分ほどのところにあり,両キャンパス間は路線バスのほかスクールバスも往復し,近くには国立台湾大学もあるエリアだ。宿泊はメインキャンパス内のドミトリーだった。師範大は中国語教育講座が充実しており,短期長期を含め多くの留学生が中国語を学びに訪れる。日本の商社マンも,中国駐在前の1年間,ここで中国語の特訓を受けたという話を聞いたことがある。この建物は留学生たちの宿泊施設として整備され,ビジネスホテルのように機能していた。ひとつ不便なのは,レストランが併設されていないことだ。もっとも,夜市の界隈が大学に隣接していて,慣れてくれば,朝はちょっとキャンパスの外に出れば朝食を食べられるというだけのことであった。私は毎日バスに乗って講義の会場に通い,台北の街で通勤気分を楽しんだ。 <次ページへ続く>

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